虚しい関係

□正しい関係
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カズの家を後にした二人は、暫く無言だった。
キラがアスランの2〜3歩前を歩いているのを、ぼんやりと不思議に感じる。別に決まっているわけでも、キラが3歩下がった貞淑な妻のような性格をしているわけでもないのだが、こうして後ろ姿を眺めるのは新鮮だなとアスランは思った。

キラの幼い頃といえばそれはそれは好奇心が旺盛で、しかもTPOなど選ぶわけがない。顕著なのが登下校時で、アスランは油断するとすぐ道草を食うキラのお目付け役になった。あの頃のキラは「花が咲いてる!」と言っては駆け寄り、自分で寄って行ったくせに「虫がいた!」と悲鳴を上げて大騒ぎするのだから、目的地は遠くなる一方だった。アスランはそんなキラを引っ張って、遅刻しないよう登校するのが日課で、たから前を歩くのは自然とアスランの方だっただけ。
手はかかるが甘え上手。キラは素直で天真爛漫な、所謂誰からも愛される子供らしい子供だった。

それなのに今ではたった数歩のこの距離が、恐ろしく遠く感じる。いつも先を行く自分の背中を見ていたはずのキラは、あの頃どうやってこの距離を詰めていただろうか。思い出そうとしても思い出せない、幸せだったあの時間。


あれから随分と遠くへ来てしまったんだなと、らしくない郷愁が胸に重く垂れ込める。自分も価値観や信念を根底から覆されて変わったところもあるだろうが、前を行くキラはそれの比ではない。二回も戦争なんて体験したのだから当たり前だが、キラは戦前と戦後で立ち位置すら大きく変わってしまった。立場上、子供っぽい部分は封印して、あの真意を窺えない穏やかな笑みがすっかり定番と化してしまった。感情を露にするのは、上に立つ者として相応しくない。アスランも公的な場ではそうやって取り繕う。だがキラのそれは本質的に違っている気がした。何故ならば比較的気心の知れた人間といる時も、キラは全く本心を見せなくなっていたのだ。だからこそアスランが唯一の息抜きの場でなければならなかったのかもしれないが、生憎とアスラン自身も自分のことで手一杯だった。
それを責めることは誰にも出来ない。アスランだって人間で、大人びているとはいえ、キラと同い年。辛いときも苦しいときもある。

キラはそんなアスランの窮状を察して、助けてくれようとしていたのに――。


「キラ」


自分の愚行を振り切るように一度目を瞑り、アスランは決死の思いで前を行く背中に声をかけ、直後、息を飲んだ。
キラがくるりと振り返り、アスランに向かって、深々と腰を折ったからだ。
「ありがとう」
キラの唇には件の笑み。紡がれた言葉はお礼だった。
アスランが驚いたのは当然だ。少なくともキラの心遣いを踏みにじった自覚はあった。それに対して自分が投げ付けたのは。
「っ!礼を言われる覚えは…」
「きみは絶望的な状況でも諦めずに、僕を探してくれてたんでしょう?だって空中で爆発したんだよ?機体の残骸は広範囲に散らばっただろうし、生存者なんかいるはずない。いくら僕がSEEDを持つものとはいえ、中々出来ることじゃないよね」
小首を傾げるキラからは、内面の心理が読み取れなかった。それがアスランの絶望を深くする。キラはアスランを心を明け渡すに価しないと決めてしまったのだろうか。
「お陰で僕はこうして元の場所へ戻れるんだよ。失われてしまった命は戻らないけど、償う方法はあるはずだ」
戻る、だなんて。
権力者に戻ることが、キラの本当の幸せなのかも分からないのに。

とはいえキラがザフトへ戻れば、少なくとも所在ははっきりする。やがてアスランはオーブへ戻るだろうが、生死すら判らなかったこれまでとは比較にならないほど安心だ。


「…………やっぱりシャトルは爆発したんだな」

すぐに答えの出ない思考に一旦ケリをつけ、アスランは話の矛先を変えた。
「そうだね。それまでの運行に全く問題はなかったから、多分」
“何らかの爆発物が仕掛けられたか、持ち込まれた”という部分を、敢えてキラは断言しなかった。





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