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□隠された本心(完結)
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アスランはポートから直で来た最高評議会本部に臆することもなく、懐かしさすら覚えるはずの議長室のドアを、なんの感慨もなく開けた。


「貴方にしては不調法ですわね」
途端に現在の部屋の主にジロリと睨まれてしまうが、そんなものは想定内であった。


現在、この部屋の主はラクス・クラインだ。
戦後は歌姫(姫と認めるのは些か抵抗があるが)に戻り、議会運営に於いてはご意見番的な役割に徹していたラクスが、請われる声に負ける形で議長の座に就いてから早数年が経過していた。


「呼んだのは貴女の方でしょう」
だからといって伺いも立てずに入っていい道理はないが、ラクスにもそれ以上アスランが犯した不調法について説教する気は皆無だった。
単なる条件反射だ。この男の顔を前にしたらつい嫌みを言ってしまう。ちょっと過激な挨拶。

───そう言って笑った人は、もうここには戻らないけれど。


ラクスは議長用の無駄に豪華な椅子に座ったまま、かつての婚約者を上から下まで眺め下ろした。無論視線に甘やかな色は全くない。
地球から来たという事実を加味すれば、疲れていて当たり前だ。ただしそれはあくまでも一般人の話で、腐ってもこの男はザフトの元赤服でフェイスだった。長旅程度で一見して分かるほど疲労するなんてことはない。それなのに男の顔にはありありと憔悴が浮かんでいた。
しかしそんなアスランにラクスは椅子すら進めなかった。そして本物の木で造られた高価なデスクの引き出しから、一通の封筒を取り出す。

「…………これは?」

無言で机の上に置かれたそれには、ザフトのマークしか印刷されていない。だが明らかにアスランに差し出され、しかも彼自身その封筒が何であるか凡そ察しはついているだろうに、手に取ろうともせず、敢えて質問してくるようなところがラクスは大嫌いだった。惚けているだけか、この期に及んで現実を受け止めたくないと抵抗しているつもりなのか。どちらにしても無駄な抵抗でしかないというのに。
「貴方宛て、でしたから」
わざと端的に付け足してやる。
男の翡翠の瞳が限界まで見開かれた。結果としてラクスの苛立ちが助長されただけだった。
「まさか………」
挙げ句の果てにそんな言葉しか出ないのだろうか。額を押さえて天を仰ぎたい気分だ。本当にこの男は一々ラクスの神経を逆撫でる。

無論、ラクスにアスランの気持ちを汲んでやる義理はない。憔悴しているのはこちらも同じ、いや、それ以上なのだから。
「貴方はわたくしが悪戯をするために呼びつけたとお考えなのでしょうか?ならば即刻訂正を要求致します。わたくし、嫌いな相手にシュールなサプライズを仕掛けるほど、酔狂な女ではありませんの」
「…………」
だからこの上なくはっきりと感情を剥き出しにしてやった。ただの八つ当たりだと思われても構わない。なんせこちらは失恋とのダブルパンチなのだ。




アスランにこれを渡すのは、ラクスにとって本当に嫌な作業だった。

終戦後、キラは“出向”という前例のない方法で、ザフトへやって来た。ラクスはそれが嬉しかったし、実際キラと過ごす時間は忙しくともとても幸せな宝物だった。二人の間にまだ恋人という繋がりはなかったが、少なくともラクスはキラが好きだったし、はっきりと好意を伝えてもいた。ラクスの気持ちを知っていて、尚且つ超法規措置を用いてまでも側に居てくれたキラに、言葉はなくても、受け入れてもらえたと思い込むのは、恋する女の愚かさだけではあるまい。しかも親密な様子の二人を見て、周囲は勝手に勘違いをした。そんな空気までが、いつしかキラが自分を選んでくれる日がくると、夢見る原動力になった。

しかし事実は違ったのだ。




ラクスの隠す気もない辛辣な台詞にも、アスランは次の行動に移れなかった。
ラクスが突き付けた“それ”。
白い封筒の中には、この時代には似つかわしくない、手書きの便箋が入っている。

アスランはそれを良く知っていた。知っているどころではない。自分もかつてザフト軍の慣例に則って、書かされた覚えがある。その性質上本人の承諾なしには捨てにくいものだから、ひっくり返せば今もどこかに眠っているかもしれない。

軍人なんて使い捨ての駒だ。有事ともなれば国という曖昧なもののために、憎くもない敵に向かって引き金を引くし、当然その逆もある。“殺人兵器”に人の感情など必要ない。アスランはそう教育を受けてきたし、逆説的だが心を守るためには、最も合理的な方法だと納得もしている。

そんな軍人に、唯一与えられた“人間らしい”温情。

それが“大切な人”に宛てた、“遺書”をしたためることだった。





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