虚しい関係

□追い縋る関係
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苦心惨憺の末、たどり着いたマザーコンピューターの最深部には大した情報はなく、アスランを大いに拍子抜けさせた。因みに苦労したのはハッキングに気付いたザフトの軍人がセキュリティを強化したからではなく、あくまでもキラの防御プログラムの解除に、であった。

予想するまでもないが、その殆どは軍事機密に分類されるものだ。
終戦を迎え、明確な“敵”がいないというのはあくまでも建前である。歴史や文化の違いから、どうしたって相容れない相手というのはいるもので、そういう連中や国は今、オーブ・プラントの同盟軍に武力で押さえつけられ、声をあげられないだけなのだ。胡散臭い笑顔でおべっかを並べ立てていても、腹の内では何を考えているか分からない人間など、外交の場には大勢いる。味方の振りをして時間を稼ぎ、力を蓄え、いつか形勢逆転しようとこちらの弱味を探ったり、影で武器開発に勤しんでいるのは公然の秘密というやつだ。
そういう所謂“仮想敵国”に足元を掬われないよう、こちらも一定の軍事部分の強化を怠るわけにはいかない。こういう話になると“最強”の名を欲しいままにしながらも、一般的な家庭で育ったキラは顔を顰める。しかし少なからず政治の世界を知っているアスランや、現在身を置くラクスやカガリなら、綺麗事ばかりも言っていられないのは理解していた。武力イコール国力なのだと言い切ってしまうには虚しさが先行するが、力がなければ発言力もないというのがシビアな現実なのだ。
仮想敵国に虎の子の武力を知られるのを避けるため、当然ながら軍事情報は最上級の機密扱いとなる。

そういった諸々の事情により軍事部分は頻繁に更新されてはいるものの、オーブとプラント間は情報の共有をしているため、どれもアスランが知っている以上のものはなさそうだった。


半ばがっかりしつつ、それでも諦め悪く流し見ていると、ふと異色のファイルが紛れ込んでいるのに気付いた。それは正しく“紛れ込む”と表現するに相応しく、まるで手違いで削除し忘れたかのような古い書式のファイルだった。しかもオーブから見た機密事項にこんなファイルはなかった気がする。
マザーコンピューターの最上級機密部分を閲覧する目的など、最新の軍事情報を知るためだと相場は決まっている。国を挙げての大規模な防御システムや、MSや関連するサーベル等の武器、エネルギーの供給、パイロットの育成などがそれに当たるだろうか。つまり合法非合法に関わらず、閲覧者が求めるのは“最新”であって、こんな明らかに“古い”ファイルを開いてみようなんて酔狂な者はいない、ということだ。

アスランだってこんな目的でもなければ、気にも留めなかった。当然なにかの期待をしたわけでもなく、言葉は悪いが、ただ興味本位で開いてみようと思っただけだったのだが───





「なんだ?これ…」


液晶に現れたのは、ひと言で言えば『おそろしく雑多』な内容だった。
表やグラフを駆使したまるでレポートのように整然とした部分もあれば、書き起こすに値しなかったのか、はたまたその暇も惜しかったのか分からないような、殴り書きを撮った画像を添付しただけの部分もある。
何かの研究の記録なのだろうかと整えられた部分を流し読んで、アスランの全身に鳥肌が立った。

一般人が読んでも俄には理解不能だったかもしれない。しかし資格だけとはいえ、アスランは医師免許を持っている。これは別に特別なことではなく、ある程度以上の軍人(特に前線に出ることの多いMSパイロットならなおのこと)は、取得しているものだ。戦場で万が一の事態に陥った時、そこに必ず衛生兵がいるとは限らないというのがその主な理由である。

だからこのファイルがなにに関する“研究”なのかは、すぐに分かってしまった。


対象は『人間』である。


ただ、多くの同胞がそうであるように、アスランも現役の医師や研究者ほど詳しくはない。見た覚えもない単語で注意書をされていても、それが大事なものなのかそうでないのかすら、判別はつかないのだ。だが数多ある軍事機密の中で、唯一それらしいファイルであるのは間違いなかった。
今回ハッキングが上手く行ったのは、奇襲をかけたせいだというのが大きい。“あの話”を聞いてしまってから、とにかく信憑性を確かめたくて、後先考えずに侵入してしまった。まぁ丁度タイミングが良かったというのもあったのだが。でもきっとこれが最後のチャンスだろう。今を逃せば、このファイルはまた別の場所へと移されてしまう。いや、下手すると廃棄されてしまうかもしれない。
だからこれがアスランの求めるキラに直結する“資料”かどうか分からなくても、すぐに閉じてしまうにはあまりにも惜しかった。





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