虚しい関係

□正しい関係
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体だけでも欲しかった。
恋愛対象は女性に限定されているアスランに、心まで向けて貰えるなんて贅沢は望まない。可能性があるとすれば、体を重ねたことで生じた“情”の対する勘違いだろう。キラは付け入る隙をそこへと定めた。告白なんて馬鹿なことをしてきたら、その時がチャンスだ。手酷くフッて、傷付いたアスランの心を、自分の失恋への餞けにしようと決めた。今でも随分と勝手な言い分だと思うが、アスランはすぐ立ち直るだろうから、そのくらいの傷は許して欲しかった。アスランにあるのは最初から“幼馴染みへの情”でしかない。キラにフラれても、カガリを失った時とは決定的に違うと、頭の良いアスランなら早々に気付くだろう。直後は多少ギクシャクしても「なーんだ。勘違いだったのか」で終わる話だ。何より自分ごときが、アスランが酷く荒れる理由になるとは思えない。そこまで自分を買いかぶってはいなかった。
それはキラにとって、とても悲しいことだったけれど。

ただ計算違いをしたのは、自分の心の方だった。
いつの間にか芽吹いていた欲が、アスランの“心”まで欲しいと願ってしまったのだ。セーブしていたつもりだったのに。コントロールを失った心は、簡単に欲張りになって行った。アスランから告白される時は、この関係の終わりの時だと逃げ回り、偽りから始まった関係も、貫けば真実になるかもしれないだなんて。
酷く滑稽だ。

────勘違いは所詮勘違いでしかないのに。



だから全ての責任は、思い上がったキラにある。
「キラ…」
「待って。最後まで言わせて」
アスランが何かを言いかけたが、キラは敢えて遮った。チラリと車窓の外に視線を移す。つい先刻までの長閑な風景は消え、かなり様変わりしている。見覚えのあるそこは、カズやジョイスの暮らす集落の人間が、ちょっとしたものを買いに出向く街だった。ジョイスの端末をメンテナンスした時に、部品の調達のため、キラも何度か訪れたことがある。この辺りでは一番大きな街だから、シャトル捜索中の軍の物資の補充も、ここで行われたに違いない。もう余り騒がしい感じこそしなかったが、それでも撤収作業の軍用車がチラホラと残っていた。
キラは目の端でそれを認めつつ、話を続けた。
「オオゴトになっちゃったから複雑そうに見えるけど、要は単純な話だ。僕が失恋しただけなんだから。きみが申し訳なく思うのは、そんな僕の気持ちを蔑ろにしちゃったってとこだけで、それだって本当は必要ないんだよ。だって僕だってフラれておとなしく引き下がろうなんて、ハナから考えてなかったし、気持ちを告白するつもりもなかったから」
やがて街中へ入り、清潔なホテルの前でアスランは車を停めた。その隙を見計らって、キラは直ぐ様ドアを開ける。
「キラ!!」
慌てた声が追いかけて来たのは、キラが身を滑らせるように車の外へと出たあと。車の天板に手をついて中を覗き込むと、助手席側に身を乗り出したアスランと目が合った。
これだけは言っておきたかった。
「大丈夫。僕は大丈夫だから。もう正しい関係に戻ろう」
「正しい…?」
「そうだよ。きみと僕は幼馴染み。お互いの一番の理解者だ」

────だから、解って欲しい。


言外にそう言って、キラは踵を返した。目指すはザフトの軍用車。
離れてもアスランのキラを呼ぶ声が聞こえたが、振り返らなかった。





◆◆◆◆


実際に現れた姿を見て、プラント最高評議会議場は一瞬で水をうったように静まり返った。
無理もないかとキラは苦笑のような、注目を一身に浴びた照れ隠しのような、微妙な笑みを浮かべるしかない。
「あの………た・だいま…?」

「「「キラーっ!!」」」
「ええっ!?うわっ、─と!!」

大勢に一斉に飛び掛かられては、非力を誇る(?)キラに太刀打ちなんて不可能だ。当然後ろへと倒れ込む結果となり、キラはしこたま尻餅をつくハメに陥った。涙が出るほど痛かったが、幸せなことだとも思う。
今ここに集まってキラを揉みくちゃにしている人たち全てが、絶望的な状況に諦めつつも、キラに生きて戻って来て欲しいと願ってくれていたということだから。中には罵声を飛ばしながら、泣いている者までいた。
(ほんと…これだけで充分だよね)
じんわりと胸が熱くなった。こうして気にかけてくれる人がいる限り、生きていけると思った。
唯一はもう手に入らないけれど。


「キラ」
静かな決意をしたキラに、輪の外から、凛とした声がかかる。声量はそれほどでもなかったはずが、続いていた大騒ぎなどものともせず、真っ直ぐキラの耳に届いた。勿論、聞こえたのはキラだけではなく、人垣がその人物とキラを繋ぐように割れていく。

先に見えたのはラクスの佇む姿だった。
キラも立ち上がり、ラクスと正面から向かい合う。再び場は静まり返り、沈黙は永遠に続くかと思われた。





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