虚しい関係

□正しい関係
4ページ/14ページ




真顔で見つめ合う二人を、周囲は固唾を飲んで見守っている。浮かれた場の空気などとっくに一変していて、重さこそ感じないが、触れれば切れるような鋭さを孕んでいた。
と、不意にラクスが僅かに微笑んだ。同様にキラも花が咲くように笑う。
「──迷惑、かけちゃったね」
「迷惑というよりも、心配致しました。おかえりなさいませ」
「うん。ただいま」
「お話を聞かせてもらっても?」
「そうだね」
「では議長室はいかがですか?人払いさせます」
「おい!ちょっと待て!!」
そのまま何事もなかったように立ち去りかけた二人に、うっかりやり取りに釘付けになってしまっていたイザークが、我に返ってストップをかけた。足を止めたラクスが、イザークにというよりも、居並ぶ大勢の人間に向かって宣言する。
「皆様がキラを心配していたお気持ちは良く理解しております。同時にもう二度とこのような残酷な事態を引き起こさぬよう、詳しい事情を詳らかにし、早急に対策を練る必要があるとお考えなのでしょう。プラント最高評議会議長としての立場からすれば、そうあることが正しいと分かっております。ですが、わたくしも評議会議長である前に、一個の人間なのです」
瞬間、周囲にビリビリとした空気が流れた。歌姫ではなく意図的に“議長・ラクス・クライン”として発した気に、その場にいた全員が自然と背筋を伸ばした。
「特別扱いをするつもりはありませんが、今回の事態、発端にはキラのプライバシーに深く関わっているというのが、わたくしの考えです。公にはしたくない何かがあるなら、吐き出す場所を提供してやりたい。わたくしは彼の“友人”です。友人のために力になりたいというのは、人間として当たり前なことではありませんか?」
ここに集う人間は皆知っていた。聞きようによっては詭弁とも取れる言い分だったが、ラクスは贔屓目などに惑わされて大事な判断を誤ったりしない。そんなものに左右されていては、最高評議会議長などという重職が勤まるはずがないし、彼女が持つある種の“公平さ”は、時に冷酷ですらある。非情に徹する必要があれば、自らの首も差し出す潔さと覚悟を持ったラクスが「特別扱いしない」と言うのなら、疑う余地はないのだ。
「余り時間は取れませんよ」
全員の気持ちを代弁したイザークが苦虫を噛んだような顔で許可を出すと、ラクスは浅く頷いた。


そしてそのやり取りを、キラもおとなしく見ていたわけではない。イザークの後ろに隠れるように佇む、シンへと歩み寄った。
本来のシンなら、まさかのキラの生還を、それこそ泣きながら喜んでくれたはずだ。キラなど比較にならないほど情に厚いのが、シンという男なのだから。
それなのに今回はこんな輪の外側で、隠れるようにして立っている。悄然と項垂れた様子は、いかにも痛々しいものだった。
メイリンと共に裏で画策したことが、こんな大変な結果を巻き起こしたのだ。でも決して悪戯心などではなく、キラのためにやってくれたのである。消去法と状況から判断して、漠然とシンが関わったのだろうな、とはキラも薄々思ってはいたが、どうやらこれは当たりのようだと苦笑した。
「なんて顔、してるのさ」
俯くシンは眉間に皺を寄せ、唇は何かを堪えるように引き結ばれている。下から覗き込まれて、意を決してシンは戦慄く唇を解いた。
「あのっ!オレ──!!」
「ストップ」
「え…?」
全てを話してキラに断罪されるしかないと覚悟を決めたのに、いきなり出鼻を挫かれて、シンはきょとんと目を見開いた。こんな時なのに、その顔が妙に可愛らしくて思わず笑ってしまう。
キラは改めてこの後輩(厳密にいうと部下なのだが)が好きなのだと認識した。
「大丈夫。聞かなくても分かってる。僕の為にやってくれたんでしょ?」
「そ・れはそうなんですけど……え?何で?」
「きみは悪人にはなれないから」
「オレ、馬鹿にされてます?」
「まさか!羨ましいって言ってんの」
人を疑うことを覚えてしまった自分を酷く汚く感じる。同時にシンには今のまま純粋でいて欲しいと願った。



「キラ」
促されて、ラクスを待たせていたことを思い出す。名残惜しいが、彼女も忙しい身だ。
「ま、やり方はマズかったかもだけど、あんなことになるなんて誰も想像出来ないもんね。次は気を付ければいいんじゃない?」
くしゃりと頭を撫でて優しく言うと、キラは足早にラクスに続いて評議会本部を後にしたのだった。





次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ