虚しい関係

□正しい関係
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◆◆◆◆


来客用のソファに勧められるまま腰をおろし、まずはシャトルに乗ってから今までの経緯をかいつまんで話した。ラクスはローテーブルを挟んで真正面に座り、時折相槌をうつ以外は途中で口を挟むでもなく、終始感情の読めない表情だった。
本当に聞きたいことも言いたいことも別にあるのは、キラも充分承知の上である。なにせ相手は他でもないラクス・クラインなのだ。腹芸を苦手とする自分が太刀打ち出来るなどとは思えないが、訊かれでもしない限り、こちらから積極的に話したいわけでもなかった。

本質を避けた話は白々しい空気になり、気付かないふりで起こった事実だけをひたすら淡々と追って行く。主観を交えない“報告”は、いっそ拍子抜けするほど短時間で終わってしまった。失意のどん底であのシャトルに乗った日が、何十年も昔のように感じるというのに。

話が一段落したのを察して、ラクスは小さく息を吐くと、造り付けの簡易キッチンに立った。慣れた仕草で手早く二人分のお茶を淹れ、ひとつをキラの前に置いてくれる。いい香りに心が落ち着くのを感じた。キラがカズのところで厄介になっていた時、よく淹れていたあのお茶と同じものだった。


暫くお茶を楽しみ、充分なインターバルを取ってから、やがてラクスは口調からも一切感情を排除させて切り出した。
「話してくださった経緯は理解しました。少々質問しても宜しいですか?」
「うん。どうぞ」
キラが意図せず遭遇してしまった経験は、今後コーディネーターばかりのこのプラントで、有効なブルーコスモス対策を打つヒントになる。全ての決定権を握るラクスが詳しい状況を知っておきたいと思うのは当然だろう。他に聞く人間がいないこの場だからこそ、キラも正直なところを話し易かった。
「乗ったシャトルは爆発によって墜落し、キラはそれをブルーコスモスの起こしたものだとお考えなのですね?」
「直前まで運航は順調だった。そこは信用してくれていい。あと爆発の瞬間、僕に刺さるような“悪意”が向けられたのを感じた。多分気のせいなんかじゃないけど、証拠なんてないから“犯人探し”は無理だろうけどね。悪意といってもただの主観でしかないし」
単身、モビルスーツを駆使して宇宙空間で戦っていたパイロットであるキラだ。墜落するほどのシャトルの異常を、察知出来ないはずがない。そしてキラは良くも悪くも、他者の強い思念のようなものに酷く敏感に出来ている。キラには及ばなくても、その辺はラクスも同様なので、深く突っ込む必要もなく納得した。
「やはり公式には墜落は事故としておくのが無難ですわね」
「だね。巻き添えになった人たちには本当に申し訳ないけど、証拠もなしに彼らを糾弾なんかしたら、却ってつけ入る隙を与えかねない。未だ犯行声明を出さないのは、彼らのターゲットが僕単体へのピンポイントで、一部の人間の突発的なものだったからとも考えられる。だとしたら継続性はないでしょ」
「それでも対策を立てる好機にはなりますわ。これまでも搭乗者のチェックはしていたはずですが、テロリストが乗ってしまったとすれば、いつの間にか緩んでいたということでしょう。地球と行き来がし易くなった分、多くのコーディネーターがシャトルを利用する機会も増えた。意識の向上とチェックのより一層の強化が必須ですわね。もしターゲットをキラに限定したとするならば、もうブルーコスモスにはコーディネーター全てを対象に攻撃する力は残ってないとも受け取れます。とにかくスーパーコーディネーターのキラを叩ければ、壊滅状態の自分たちの指揮が上がるとの考えが働いたのかもしれません」
キラは“スーパーコーディネーター”のくだりで寄った眉をそのまま、絞り出すように言った。
「───僕に出来ることは何でも言って」
「キラ……?」
「他にも。思い付く限りの手は打ちたいんだ。というか、僕はやらなきゃ駄目なんだ」
─こんな消極的な方法で、巻き添えになった人たちの魂が救われるわけではないけれど─
ラクスに向けられたキラの瞳には悲壮な決意が込められていた。

悪いのはキラではなくブルーコスモスだ。だがここでキラを慰めたところで意味などないし、敢えて言わずともキラ自身が良く分かっているだろう。その上で彼は断罪されたがっている。ならば何かしらのペナルティに見えなくもない役割を与えるのがベストだ。
「貴方の体験談を聞けば、防衛のスペシャリストなら、いくつも妙案が浮かぶでしょう。キラにはそちらに全面協力していただきます」
「うん、分かった」
もしもラクスが撃って出るというなら、キラは先頭に立つつもりだった。

例えどんな汚名を着ることになろうとも。





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