虚しい関係

□正しい関係
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「アスランもずっとキラを想ってた可能性の話です」


キラの目がきょとんと見開かれた。出会った頃のような、あどけない表情だった。

「いや、それはないでしょ」
余程動揺したのか、キラは紅茶のカップを口元に運んで、即座に眉をしか
める。既にカップの中は空だった。動揺を誤魔化そうとしたのが、これでは反対に強調してしまったようなものだ。
そんな失態など素知らぬ振りで、ラクスは軽やかに腰を上げた。
「ですから、可能性の話ですわ。わたくしはアスランではありませんから正しい解など持っていませんし、例えるのも虫酸が走りますが、仮にわたくしがあの男なら、決してキラを不幸には致しませんもの」
新しい紅茶を淹れるためキッチンに立ったラクスの背中に、キラの衝撃を圧し殺した不自然に明るい声がかかる。
「ご冗談を」
茶葉が完全に開き、それをことさらゆっくりとティーカップに注ぐと、ラクスは再びキラの対面へと戻った。わざと取ったインターバルは無駄ではなかったらしい。キラは漸く少し平常心を取り戻せているようだった。
「アスランは生粋の異性愛者だよ。カガリのことがなきゃ、僕と……男とセフレになるなんて想像もしない人種。そんな人が実は僕のことが好きでしたなんて、お伽噺でももっと現実的でしょ」
「そうでしょうか」
「そうに決まってる」
とはいえラクスの爆弾発言は未だ尾を引いているらしく、今度は淹れたばかりの紅茶を無防備に口に運んで、熱さに目を白黒させている。香りを楽しむ余裕もないらしい。
自分のちょっとした発言にここまで衝撃を受けているキラは、アスランが同じ想いを返してくれるなど、これっぽっちも思っていなかったに違いない。
カガリと恋人だった時から──いや、きっとそれ以前から、キラはアスランが好きだったのだろうか。だとしたらカガリとの仲睦まじい様子に密かに胸を抉られ続け、破局した後も、あの愚か者の欲の捌け口の視野にすら入らない同性の自分にどれほど失望したことか。僅かな期待を抱く暇も与えられなかった、キラの仄かな想い。いや、ひょっとしたらそんな期待を抱いても余計辛くなるのだと、防衛本能が働いていたのかもしれない。
「わたくしはただ…本当に他者を好きになった時、異性愛者かそうでないかが、それほど重要な意味を持つのかと………少し疑問に思うだけです」
「持つんじゃない?最初から恋愛対象になるかどうかって、結構重要だと思うけど」
「では、アスランを好きだと仰るキラは、同性愛者だったということですか?」
「さあ?自覚はなかったけど、そうだったんだろうね」
「かつてアスラン以外の男性を好きになったことは?」
「それは……ないけど──」
「なら女性はどうですか?」
「────それも、ない」
もごもごと口ごもり、何かを考えた後、キラは「うわ!ひょっとして僕ってアスランが初恋の相手だったってこと!?ちょ、悲惨なんだけど!!」などと喚いている。
幼い頃に出逢った相手が唯一過ぎて他に目が行かなかったというなら、何故アスランも同じだったという可能性を考えないのだろうか。ただアスランとの恋を捨てたカガリの悲壮な胸の内を知るラクスとしては、あれがアスランの勘違いによる疑似恋愛だったとも思いたくなかった。
複雑な感情を抱えつつ、それでもラクスがアスランとの関係に口を挟んだのは、シャトルの墜落が二人の未来にあまり影響して欲しくないと思うからだ。無論、失われた尊い命を軽視しているわけでも、キラの軽率な行動が招いたのだという考えにも異論はない。ただ必要以上に責任を感じることはないと思う。悪いのはあくまでもブルーコスモスだ。力の及ばない部分まで請け負う必要はないし、わざわざ不幸になりに行くのが“責任を取る”ということにはならない。
だから小さく背中を押した。
キラの心に“アスランもキラと同じである可能性”という楔を打ったのだ。
(これ以上は他人がアレコレ言っても意味はないですわね)
ラクスは深く息を吐いて、思考を切り替えた。

「キラにもうひとつ確認しておきたいことがあります」

「え?」
突然の話題転換に付いて行けなかったキラは、どこかでほっとした自分がいるのも感じていた。アスランとの極めて個人的な内情など、キラだって他人に話したいわけがない。
「あの凄惨な事故から生還出来たのは、何故だとお考えですか?」
しかし話題が逸れたとはいえ、ラクスとサシで会話するという現状は変わらないのだ。相変わらず嫌なところを突いてくる。
「それは──僕も色々考えた」
頷きもしないラクスは、ひたすら静聴の姿勢を取るようだ。キラの方もアスランとの穏やかでない胸の内を暴かれるより、余程気が楽だった。





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