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□隠された本心(完結)
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やがて推論でしか原因を掴めないほど木っ端微塵になった船の残骸の中に、ストライクフリーダムのものも発見され、キラの死は疑いようがなくなった。次々と伝えられて来る絶望的な情報に、いっそカガリのように泣き喚けたら良かったのにと何度も思った。でも出来なかった。
最も制御不能と言われる恋でさえ、長年理性で押さえ付けて来たアスランの心は、既に空っぽだったのだ。
◆◆◆◆
アスランへ
随分と長い付き合いだけど、手紙を書くなんて初めてだから、ちょっと緊張してます。
最初に言ってしまうと、僕はきみが好きです。
この手紙の持つ性格を考えれば「なに言ってんだこいつ」って呆れられてもしかたないよね。でも巫山戯てなんかいない。きみに伝えたいことなんて、結局これが全てなんだ。
さぞや吃驚したかと思います。だって僕のやることなすこと、きみを否定するようなことばかりだった。再会してからは敵になっちゃうし(これは僕的には成り行きみたいなものなんだけど)、その後だってきみのMSを墜としたり、その他も色々と身に覚えがあり過ぎる。戦争が終わった今ですら、僕はきみに相談もなく、こうしてプラントに来ちゃってるしね。
これじゃいくら気心の知れた幼馴染みだからって、伝わるものも伝わらないよね。
やり方は悪かったかもだけど、わざわざラクスの側に来ようと決めたのは、オーブが落ち着いてたからで他意はない。なんたってオーブにはきみが居る。なら僕が出来るのは、新しく評議会議長になったラクスを助けることかなと思った結果なんだ。あときみに言い出せなかったのは、僕自身、せっかくきみの側に居られると思ったのにまた離ればなれかーって、残念で悲しくなっちゃったから。
でも振り返ればほんと酷いなぁ。誤解されてもしょうがないかな。
あの後からだよね。目に見えてきみの様子が変わって来て、気が付けばすっかり心を閉ざしちゃってた。僕が何を言っても、きみはただ綺麗に笑うだけだった。後悔したよ。後の祭りだけど。
それでも僕には勝算があった。だってきみが心を閉ざしたのは、そうしなきゃならないほど、僕のことが好きだったからだと思えたから。いや、こう書くとなんか上から目線で嫌な奴っぽいけど、僕だって笑えるくらい焦ったんだ。慌てて何度か気持ちを伝えようとしたけど、既に僕の声は届かなかった。きみを責めてるんじゃないよ。悪いのは僕だ。
悩んで辿り着いた結論は、急がなくていいかってことだった。きみを蔑ろにしたとかじゃなくて、戦争が終わった今、僕らには無限の時間がある。だから無理に力を加えずに、ゆっくりと僕の気持ちを解ってもらいたいって思ったんだ。
僕らにはどうしたって公的な責任も付いて回る。戦争のない世界を磐石なものにすることと、僕らの極めて私的な問題じゃ、流石に天秤にはかけられないっていうのもあったし。
そういうのが全部片付いてから、改めてきみに向き合いたかった。その時きみの隣に僕以外の誰かがいる可能性もあったけど、そうなったらそうなったで僕が泣くだけで済む。そりゃ晴れて恋人になれれば最高だけど、僕はきみの幸せを見守り続ける覚悟はあった。
だけどねえ。僕、オーブで政策に関わったりしてたから、ちょっと忘れてたんだよね。いざプラントに来てみれば、こんな手紙を書くように言われちゃってさ。それでやっと思い出した。
僕らが軍人なんだってこと。
有事の際には一番に命を落とさないとも限らない。僕らに無限の時間なんかないのかもしれない。
そこで思い付いたのは、この手紙をきみに宛てておくことだった。
僕がいなくなったらこの想いは消えて無くなる。でもきみの感情くらいなら取り戻せるんじゃないかって。
人を動かすのは結局人だ。今のきみじゃ生き難くなるのは目に見えてる。上に立つ人間が冷静さを欠くのは良くないかもだけど、それと感情を切り捨てるっていうのは決定的に違うでしょ。
…それに僕がいなくなって、いざきみが新しい恋をしようとしても、そんなんじゃ難しいんじゃないかなって。あーそういうのほんと悔しいなぁ。
きみならこの手紙を宛てられることの重み、過不足なく酌んでくれる。だからこれは保険みたいなものなんだ。
だけど忘れないで。
僕だって犠牲になんかなりたくない。
僕のせいで凍らせたきみの感情を溶かすのは、僕でありたい。ずっときみと歩いて行きたいんだ。
この遺書がきみに届くことなんか、永遠にないように願ってます。
キラ・ヤマト
◆◆◆◆
「何だよこのオチ。安いラブコメかよ」
くしゃりと握り潰した手紙に、何が書いてあるのかは分からない。アスランへの駄目出しか、もしかしたら揶揄かうような内容かもしれない。
が、文面はそう重要ではなかった。
キラが最期の手紙をアスランに残した、その意味が重要なのだ。
「ちょっと日差しが強過ぎないか?大丈夫か?プラントの気象プログラム」
振り仰いだ空が眩し過ぎて、目の奥がじんわりと痛み出す。これはただの生理現象だ。空が眩し過ぎるから、キラとはなんの関係もない。
そうでなければ説明がつかない。アスランの心はとうに凍っているはずで、キラが死んだと認定されても、一滴の涙も出なかったのに。
────なのに今更。
せっかく日差しを避けもせず上向いていたというのに、アスランの目尻から大粒の滴が零れ落ちた。
(ああ…俺、泣いてるのか)
正しく数年振りの体験で、俄には気付けなかった。
「ほんと………お前には敵わないな」
キラはその手紙ひとつで、アスランに気持ちを伝えただけでなく、感情も取り戻したのだ。
ボロボロと大粒の涙を拭いもせず、アスランは煌めく人工の空に向かって、震える喉で絞り出した。
「俺も──俺もお前に伝えたかったよ、キラ」
◆◆◆◆
その後、オーブに戻ったアスランは、一生を平和な世界のために捧げて、人生を終えた。若くして高い地位に上り詰めたアスランを周囲が放っておくわけもなかったが、数多の縁談に見向きもしなかった本当の理由を知る者は少ない。彼が生涯大事にしていた古ぼけた手紙は、とうとう開封されることなく、彼の魂と共に宇宙へ還った。
待っていてくれているはずのキラに、長年隠していた気持ちを伝えられる喜びを湛えたアスランの顔は、驚くほど安らかなものだったという。
おしまい
20190508