虚しい関係

□露見する関係
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場の空気以上に、キラは全身を凍り付かせた。

「なんだよ、その顔!」
カズに豪快に噴き出されても、キラのフリーズは溶けなかった。ジョイスの爆弾発言の真意を探るために、使えるエネルギーを全部注ぎ込んでいたからだ。


『多分俺たちは、きみの秘密も分かってると思うから』



────秘密


秘密なら沢山ある。

戦争中“白い悪魔”と恐れられ、大義のためと言いつつも、見ないふりで多くの人々の人生を変えてしまった。戦争というものは勝利者こそが正義だ。勝てたからこうして暮らしているけれど、負けていたらはっきりとどこかの国に属していたわけではないキラこそが、テロリストとして稀代の悪役として歴史の1ページに名を残していたに違いない。
しかしそれは自分が決めてやったことだ。結果、本当の意味で“悪魔”と決め付けられたとしても、きっと許容出来た。だがキラにとって本当に恐ろしかったのは時間の経過というやつだった。

時間はあんなに傷付いて血を流した時も、やがては“過去”へと形を変えてしまう。
多くの人々を犠牲にしてまで貫いた信念が、一朝一夕で回答の得られるものではないとくれば尚更だ。

一応の決着がついた世界に、仮初の平穏が戻って来た。それだけで満足していたはずが、段々周囲のことに目が届くようになり、挙げ句、余計なお節介まで焼こうとする。

本当に人間とは厄介なものだ。
“自分にも誰かのために何かが出来るのではないか”
などと思い上がってしまうのだから。自分のことすら充分に行き届かないというのに。
しかも純粋に──例えばラクスのように見返りを求めない姿勢なら美しくもあるのだが、キラはそうではなかった。
そもそも見返りを求めた時点で、誰かのためなどではなく、自分のためだった。しかも弱った相手の心につけ込むやり方が、美しいはずがなかった。

そうやってアスランを手に入れても、満足なんて出来るわけがない。なのに悲観して自暴自棄になって、だけど手放せなくてもだもだして。

そんな汚くて馬鹿な自分を、知られるのが怖かった。きっとみんな離れて行ってしまうから。


いや、ジョイスが言っているのはきっとこれのことではない。
キラは無意識にシャトルの墜落時に負ったと思われる怪我のあった額に手をやった。
傷痕ひとつない。怪我が治るには充分な時間が経っていても、痕跡が完全になくなるにはいくら代謝のいいコーディネーターとはいえ、最低でも数年はかかるはずだ。


「俺の両親はね、医者をやってて、ナチュラルだった。まぁそれなりに裕福だったから、子供をコーディネーターにすることにあまり障害も抵抗もなかったんだと思う。二世代目のコーディネーターが誕生してた時期だったしね」
そこにジョイスが突然身の上話を始めた。未だ受けた衝撃を立て直せないキラは、自然と聞き役へ回る形になった。
「そこでコロニーへ移住でもしてくれればまた違ったんだろうけど、彼らはそうしなかった。地域に根付いた医療を志してたから、捨てて行けない患者も抱えてたんだろう。医者としてその気持ちは分からないでもない」
「一世代目の…コーディネーター……」
思ってもみなかった自分に逆に驚く。彼がコーディネーターであるのは、彼の経歴を見れば明らかだった。ジョイスは元軍医。それもザフトの軍医だ。ナチュラルがなれるはずがない。
なのに意外だと思ったのは──

見開いた瞳で凝視するキラに、ジョイスは苦く微笑んだ。
「俺はね、限りなく失敗作に近いコーディネーターだったんだ」
そういうことかと納得し、やっぱりジョイスの言う『キラの秘密』とやらは、出生に関する話なのだと暗澹たる気分になった。

数の理論でいえば、コーディネーターは圧倒的にナチュラルに劣る。遺伝子操作には最低限の財力は必要だったし、歴史の浅さの観点からしても当然だ。数が少ないためからか、コーディネーター同士にはある種の強い仲間意識があった。そういうことに無頓着なタイプのキラでも、付き合っていれば相手がコーディネーターなのかナチュラルなのか何となく分かるし、コーディネーターだというだけで無条件で親近感を抱いたりする。
一昔前はコロニーに押し込められるように暮らすしかなかったコーディネーターだが、今時オーブに居を構える者も珍しくない。なのにジョイスをコーディネーターだと欠片も思わなかった。彼の言う“失敗作”が“限りなくナチュラルに近いコーディネーター”という意味ならば、分からないでもない。

でもなぜジョイスはこんな打ち明け話を始めたのだろうか。





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