虚しい関係

□追い縋る関係
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なんでも良かった。アスランにも理解出来るような取っ掛かりを探すため、諦め悪くスクロールを続ける。
所々に記されている日付をたどる限り、下に行くほど新しい記録のようだった。
(これは…コーディネーターの研究なのか?)
最初からかなり読み辛かったファイルは、遡るごとに増々酷くなって行く。研究に着手した初期には、遺伝子操作への反対派や、更に過激なブルーコスモスの驚異に晒されることなどなかっただろうから、比較的ゆっくりと研究を纏める時間があったのかもしれない。

アスランとてコーディネーターの研究がどんなものだったか、くらいは知っている。いや、正確にいえば、コーディネーターとナチュラルの間に消えることのない根深い溝の本質を理解するために、歴史を学んだと言った方が正しい。人類を挙げての研究で、莫大な予算を湯水のように使っていたと聞いている。だがそれは研究が立ち上がった最初の内だけで、遺伝子のコーディネートに一定の成功を修めてからの資金の殆どは、自分の子供により良い能力を求める富裕層からの金で賄われていた、と。
研究者たちもそれで充分だったのだろう。暫くの間は。


しかしどんどん遡って行くと、彼らの新たな葛藤が伝わってきた。
思い当たる節はある。
遺伝子操作は完璧なはずなのに、一定数、狙ったものと違う子供が産まれてしまう現実だった。アスラン自身もそうだから分かるが、理系の人間というものは、計算上では完璧な解を得ているのに、結果が伴わないことにストレスを感じるのだ。

きっと躍起になって原因を探ったに違いない。勿論、コーディネートを望むクライアントからしてみれば、大枚を叩いた結果でもある。希望通りにならなければ依頼した方も黙ってはいなかったはずだ。訴訟問題も起こり、彼らは増々研究に没頭していく。

そうやって得た不確定要素は、母体の不安定さだった。

これにはさぞや落胆したことだろう。

これから産まれてくる子供であれば意思も個性もない。言い方は悪いがただの受精卵だ。そういう割り切りをしているから遺伝子操作も施して来れたのだろうが、生きている人間の遺伝子に手を出すのは流石に憚られたに違いない。
いや、あるいは強行すれば可能だったかもしれない。当時から既に大病に対してなら遺伝子治療は取り入れられていた。
しかし障壁は倫理面だけではなかった。まず研究対象としてサンプル数を揃えることすら難しかったはずだ。妊娠前・妊娠中の女性の健康な子宮に手を加えるのだから、了承を得るのさえ困難だろう。仮に色好い返事を貰ったとしても、成功するとは限らないのでは、二の足を踏まれるのは想像に難くない。

研究者のプライドの全てをかけた結果に、手が届きかけている。原因も掴んでいるというのに、これ以上は状況が許さなくて進めないジレンマ。おまけに失敗する可能性もある受精卵のコーディネートに、金を使う人間も日を追うごとに減少傾向が見られる。
このままでは研究自体が頓挫してしまう。
どんどん重なっていくストレスに、詳しくは把握出来ないまでも、アスランの内心にも、じわりと嫌な焦燥が降り積もって行った。


(…………ん?)

ここまで来たら最後まで目を通そうと思ったアスランは、ある時を境に急に記録の様子が変わったのに気付いた。
成功すると確信は持てないまでも我が子をコーディネーターにしたいという親は、数は減ってもゼロになることはなかったようだが、依頼された通りの“仕事”を漫然とこなす記録が続き、当時の研究者たちが次第に無気力になっていったのは間違いない。だがそんな退屈な“記録”が、突然生き生きと力を持ったように感じたのだ。

この先、なのだと思った。
内容は漠然としか分からず、根拠のない直感でしかなかったが。

逸る心のままに、スクロールする手に力が入る。自然、先程までとは比べようがないほど、高速で画面が流れて行った。
そもそも時間がかかり過ぎている。アスランがこれまで見たものは、既に持っていた知識に現実の生々しさを加えただけだった。多少は詳しくなったが、それだけだ。本来の目的であるキラの出生に繋がる記述は皆無。

それが漸く核心に近付きそうなのだ。
早く結論を見てみたいと思っても、無理のない状況だった。

だがアスランはそんな自らの行動を、すぐに後悔することになる。



「──────っ!」



ハイスピードで流れる画面でも、画像は否応なしに目に入ってくる。それがただの遺伝子組み換えだけではなくなったのは、気付いていたのだが。

先を急ぐアスランが、とうとう手を止めてしまったひとつの画像。

「これは……一体、何の記録なんだ…?」

自分が見ているものがすぐには信じられなかった。





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