虚しい関係

□未来への関係
4ページ/9ページ




許して欲しいなどと都合のいいことは言えない。だからこれはキラの罪悪感を減らすためだけの一方的な謝罪だ。
分かっていても頭を下げずにはいられなかった。
浅ましい考えはきっとダーバンにもバレているのだろう。彼は頭のいい男だ。

しかし更に重ねられた質問は
「なんできみが謝る必要があるんだ?」
という思いもよらないものだった。

「だって──!」
「まあまあ、落ち着きなって。おれの話も聞いてよ」
遮られて、唇を引き結ぶ。そこで漸くダーバンは思い当たったように、口を押さえた。
「てか、済まない。流石に砕け過ぎてるか?おれ、口調を改めた方がいい?」
「いらないって。そもそもそういう扱いされるの、苦手だし。今は階級とか全く関係ない話をしてるんだし、きみの方が年上でしょ」
「そ?」
じゃ遠慮なく、と前置きすると、ダーバンは話し始めた。
「きみもご存じの通り、同性愛者ってわりと気軽に寝たりするんだよな。勿論ちゃんと同じ考え方の相手を選ぶし、身持ちが悪いってのとはまた違ってさ。なんて言うか…チャンスがあれば取り敢えず行っとこっかなって感じ?」
「でも、それなら僕は……」
「そうなんだよな。きみにはすっかり騙された」
当時のことを思い出したのか、ダーバンは小さく噴き出した。
「ほんっとに見事な演技だったよ。百戦錬磨なんて自分を盛ったりしないけど、おれもそれなりの経験値はあるつもりだったんだぜ?なのにきみの方から粉をかけてきた時、同類だって何の疑いも持たなかったんだ」
あの頃の自分を、実はキラは良く覚えていない。ただ必死だったことが記憶にあるだけ。
「だけどさー、いくら隠そうとしても、やっぱ寝てみて初めて分かっちゃうこともあるわけよ。これアスラン・ザラにも言ったんだけど」
ダーバンが肩を竦める。
「お互いが割り切ったただの性欲処理。そういう相手ときみは明らかに違った。まるで苦行に挑むみたいな辛そうな顔してるくせにさ、妙に縋って来たりして。あーこれ、おれを誰かの代わりにしてるんだなって、すぐに気付いた」
どんどん俯いていくキラに、ダーバンは人の悪い笑みを向けた。
本当に純粋な人なのだ、と思う。そしてそんなキラを手放さなければならないことに、少しだけ胸が痛んだ。
「誤解のないように言っとくと、誰かの代わりにするのが悪いってわけじゃない。同性愛者ってのは後を引かなくて、その時を楽めたらそれでオッケーだからな。しかもきみが望んだわけじゃなくても、国のお偉いさんという地位は現実だ。本音なんて吐き出せない時の方が多いだろうし、それは恋愛方面でも同じこと。未だに立場的に気持ちだけでは結ばれないにケースもあるって聞いてる。だからまぁ気晴らし程度になれればいいか、と納得してた」
「そっか…」
長い話を静かに聞いていたキラは、ダーバンの言葉をゆっくりと頭に落とし込んだ様子だった。
「僕が謝まらなけれなならなかったのは、きみを利用したことに対してじゃなくて、きみを騙したことだったんだね」
それでもダーバンは困り果てたように頭を掻いた。
「それだってすっかり騙されたおれにも責任の半分はあるからなぁ。ま、でもそっちへの謝罪なら受け取っとこうかな」


「────、有難う」

顔を上げたキラがふんわりと花が綻ぶように笑う。それにドキリと胸が鳴った。
これはもう認めるしかない。なんだかんだ言って、ダーバンはキラのことを悪からず思っていたのだ。
尤も表には出せない。キラは自分と知り合った時とは別人のように眩しく光輝いている。きっとアスラン・ザラと上手く行ったのだろうし、後押しをしたのもダーバン自身だ。後悔がないのは、今キラが幸せなのだと感じられるから。


「お互い和解──といっても仲違いしてたわけじゃないけど、ちゃんと話せたのは良かった。もう会うこともないだろうし」
「やっぱり木星に行くんだ」
「意外と楽しいもんだぜ。今回は慣れない環境でちょっと堪えたけど、それも時間が解決してくれるだろ」
元々緑の軍服の一般兵であるダーバンと白服のキラではすれ違うことすら稀なのだ。生きている場所も時間軸も違い過ぎる。
「そう言われちゃうと寂しい気もするね」
「やめてくれよ。流石にアスラン・ザラに睨まれてぐっすり寝れるほど神経太くないぞ!」
「なぁに?それ」
笑いながらキラがダーバンに向かって右手を差し出した。その手をダーバンもしっかりと握る。
最初で最後の握手。


「元気で」
「うん。きみも」



時間にしてほんの半時ほどの、それがキラとダーバンの生涯最後の会話であった。




次へ
前へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ