虚しい関係

□未来への関係
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◆◆◆◆


お世辞にも豪華とは言えない狭いベッドの上で、抱き合った気だるさを残したまま、キラは首の下に回してくれているアスランの腕をなぞった。
「…───、ん?」
「あ、ごめん。起こしちゃった」
いつの間にか微睡んでいたはずのアスランの翡翠の瞳がキラを見下ろしていた。
「いや、いいよ。明日、なんだかんだ言ったって、大目に見てくれるだろうから」
言いながら体を起こし、サイドテーブルから水差しを手に取った。
「それはそれで恥ずかしいんだけど…。でもアスランが慣れない仕事で疲れてるのもほんとだしね」
小さく笑ったキラに、アスランがグラスに注いだ水を手渡してくる。先ほどまで喘がされていたせいで気恥ずかしかったが、声が枯れてしまっているのも事実なので、素直に受け取って喉を潤した。
「何で笑ってるんだ?」
「いや、楽しそうだなって思って」
キラはそもそもお喋りなタイプではない。相手が長い付き合いのアスランであれば、更に言葉は少なくなってしまう。
しかしアスランはキラが畑仕事のことを言っているのだと正確に汲み取った。
「最近じゃ軍の仕事もデスクワーク中心だから、体を動かせていい気分転換になってる。てか気分転換なんて楽なもんでもないけどな」
ちょっとうんざりしたようなアスランがまた、キラの笑いを誘う。
「カズさん、わりと容赦ないからね」
「だな。それに、実は試してみたいこともあるんだ」
しかし気を許している相手との会話で、言葉が少なくなるのはキラだけではなくアスランも同じだ。そしてそれでもちゃんと伝わるのも同様。

試してみたいと言ったアスランの頭の中には、母・レノアの顔が浮かんでいるのだと、キラには容易に想像出来た。彼女は農業博士で、そのせいで血のバレンタインの犠牲者の一人になってしまった。
「レノアさん?」
大事そうに呟いたキラに、アスランは苦笑を溢す。
「バレバレだな。うん、母上が残した研究の成果を活用してみたいと思ってる。尤も母上のやってたのはあくまでもプラントでの栽培に特化したものだったから、地球でどこまで応用出来るかは未知数なんだが」
「でも、試してみたいんでしょ」
浅く、それでもしっかりと頷いたアスランに、なんだか嬉しくなった。
「いいんじゃない?その内僕にも手伝わせてね」
「それ、開墾作業が終わったらってことだよな」
「そこはほら、体力勝負だから」
僕がいても戦力にはならないでしょ、とキラは言っているのだ。確かにまだまだ荒地でしかないあの土地を農地として開墾するのは、かなりの時間と労力が必要だろう。そういう地味な作業はアスラン任せにしたいのが本音だ。

それら全てを解った上で、アスランはキラの額を小突いた。
「痛っ!」
「ちゃっかりしてるよな。相変わらず」
「だって僕がウロウロしたって邪魔になるだけでしょ。適材適所ってことじゃない。そういうの考えて采配するのが白服である僕の仕事だって、アスランが教えてくれたんだったよね」
「生意気言って。それに邪魔になるってのは?」
「だってさー」
キラは再びアスランの二の腕に手を伸ばした。
「こんなに筋肉付いちゃうような力仕事、僕には絶対無理」
「悪い。固かったか」
アスランは目が覚めた時も、キラが自分の二の腕に触れていたのを思い出した。
「腕枕には不向きかもだけど、僕は嫌いじゃないよ。───っくしゅ!」
唐突にキラがくしゃみをする。まだまだこの辺りは気温が低い季節なのだ。

アスランはむき出しになったままのキラの肩を上掛けで包み込んだ。
「さ、もう寝よう。俺だって進んでカズさんに囃し立てられたいわけじゃないしな」
「うん」
不向きと言われたが、アスランが腕枕をやめるつもりはない。片腕を横になるキラの頭の下に回し、反対側の腕でキラの身体を引き寄せた。少し冷たいと感じて、話が長かったかと反省するが、その分は彼より体温の高い自分が温めてやればいい。



「…───で、どう思った?」
おとなしく抱き締められていたキラが、小さく呟いた。この距離でなければ聞き逃していただろう。
でもキラが本当に聞きたかったのはこれなのだ。
同じベッドに入る前に、キラはアスランにダーバンとの会話を全て話していた。
「あの男のことか?」
キラは殆ど上掛けに潜ってしまっている。しかしこの距離だ。頷けばすぐに気付くはずだが、キラはそれすらもしなかった。ただ息を潜めて、全身でアスランの反応を伺っている。
否定しないのがアスランの問いへの答えだった。
「まぁ…悪い奴じゃないかなって思ってる。偶然とはいえ、キラが選んだ相手があいつで良かったんじゃないかって──」
「そうじゃなくて」
「あれ、違ったか?てっきりダーバンのことだと」
「そうだけど………そうじゃない」
珍しく要領を得ない口振りだ。だけど頑なに上掛けから顔を出そうともしなかった。





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