虚しい関係

□未来への関係
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こういう時のキラは、こちらが急かせば話さなくなってしまう。
アスランはキラが本心を吐露出来るようになるまで辛抱強く待った。
アスランが敢えて察しないようにしていると気付くと、キラは少し苛立ったように話し始める。
「───僕だよ。僕のことをどう思った?」
「キラのこと?」
「だって僕は…きみを裏切ったんだよ」
「うーん…それは他から見ればそうなんだろうけど」
なんだか奥歯にものが挟まったような返答だ。これでは決死の覚悟で聞いたキラを煽っていると受け取られても仕方ない。アスランに苛立ちをぶつけるのは、的外れだと分かっていても。
「当事者にとってもそうでしょ」
「けどさ、その当事者であるはずの俺は、そうは思えないんだよな」
「だって実際僕は──」
「即物的なことを言ってしまえば事実は事実だ。でも裏切られたとか浮気されたとかってのは違う。キラが“俺のため”を一番に考えてたからじゃないかな」
思わず腕の中から見上げたが、どんな表情をしているか、この位置からは分からなかった。もしかしたら顔を見られないよう、わざとこの体勢にされているのかもしれない。
「もしさ、俺に一生会えないとしても、それが俺のためだと判断したら、キラは迷わず姿を消しただろ?」
その通りだ、とキラは当時の自分を振り返る。アスランの邪魔になるくらいなら、例え“死ね”と言われても、キラは躊躇いなく従っただろう。軍人の端くれとしてそういう仮説はタブーだから口には出せないけれど。
「あとさ」
キラが無言になってしまったからか、アスランが忍び笑いを溢す。
「キラはあの男に心まで渡したわけじゃないからかな」
思わず眉間に皺が寄った。
「なに、その自信。あとムズ痒いんだけど」
「あれ?クサかった?」
「─────ちょっとだけ」
「それはごめん」
謝罪を口にしてはいるが、声が笑っている。照れ隠しに捻くれた台詞も許されるのだと胸が温かくなった。
「それとさ、これが一番キラを責められない理由なんだけど…、あの男を選んだのが偶然じゃなかったってとこだ」
腕の中でキラの身体が僅かに跳ねた。
「ど、どういう意味?」
これで惚けているつもりなのだから、本当に可愛い。
「言っていいのか?あの男、どことなく俺に──」
「あーもうそれはいい!二度と聞きたくない!!」
何を言われるか察して、大声で遮られた。少しだけ視線を下げて伺うと、顔は隠すかのようにアスランの胸に埋めてしまっているが、耳まで真っ赤になっている。苛めるのもこの辺が潮時のようだ。
「そっか、それは残念。あの男を選んだのは無意識だったみたいだから、思い込んだら頑固なキラには何度も言って聞かせないとと思ってるんだが」
「彼を選んだ理由なんて問題じゃないでしょ?事実は事実だってきみも言ったじゃないか」

キラがダーバンを選んだのは偶然ではない。似ていたからだ。
彼がアスランに。

しかしそれを彼の口から何度も聞かされるのは、やはり恥ずかし過ぎる、と思う。


「ま、俺だってゆきずりの女と遊んでたりしたんだから、過去のことはお互い水に流すってことでいいんじゃないか?」
「ほんと、らしくないよね。そのくらい傷付いてたんだよ」
「それは確かにな。先の展望なんか全然見えなくなって、自暴自棄になってた」
「きみは僕と違って優し過ぎて色々迷う人だからね。全方向、丸く収めようとするから、決断が鈍る時もあるし、そのために自分を押し殺すこともある。キャパを越えちゃったんだよ、きっと」
まだ前線にいた頃。混沌とする戦いの中で、アスランは悩み苦しんだ。軍人としての実力だけで言えばアスランはピカイチだ。ただただ自分の国だけを信じ思考停止して戦っていれば、キラでも敵わなかったかもしれない。
キラが優位に立てたのは、一重にアスランより冷酷な決断が出来たからに他ならない。
「それでも後悔はしてる。俺の自棄に付き合わせてしまった女の子たちに酷いことをしたし、キラにも──」
ほら、優しい。
アスランが所謂“遊び相手”に選んだ女性たちは、あくまでも“弁えている”タイプの人間だ。一夜を共にした程度では特別な関係になったとは考えない。相手がアスランであることを自慢するくらいはあるかもしれないが、おかしな勘違いはしないし、求めたりもしないだろう。事実、彼女たちとは綺麗に縁が切れているように見える。尤も彼女たちの全てに確かめたわけではないから、実際のところは分からないが。

そして今はそんな彼女たちの話をしているのではないし、キラが首を突っ込むことでもない。
「そうだね。じゃ、お互いさまってことにしちゃおっか」
アスランがほっと大きく息を吐いたのが分かった。思っていた以上に罪悪感を持っていたのかもしれない。





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