Complex

□キラさまの悩み・7(完結)
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常夏といわれるオーブにも、うっすらと四季のようなものはある。冬になれば雪だって降るし、ただそれが積もったりはしないだけの話しだ。

ということは、夏と言われる季節もあるわけで――。




◇◆◇


「…………暑い…」

夏。
極端な暑さにも寒さにも弱いキラは、当然の如く参っていた。気温が高いだけならまだ我慢出来るが、生憎とオーブは湿潤気候である。ジメジメと纏わりつく湿気が、嘲笑うかのように容赦なくキラの体力ゲージを削って行く季節だ。
エアコンを24時間フル稼働させてはいるものの、口煩いアスランによって、設定温度は高め。キラとしてはあと5度は下げたいところなのだが、いくら訴えても全て黒い笑顔で却下される。
普段は我儘放題のキラも、これには強く出られない事情があった。アスランは別に環境問題で設定温度を決めているのではない。他でもないキラが、目先の暑さを回避したいあまり、手足の先が動かないほど冷たくなっても、どんどん設定温度を下げていた所為なのだ。謂わば自業自得。いつだったかアスランに氷のような指先がばれて、こっぴどく叱られてからというもの、この家の特に夏場の温度管理は、アスランが全権を掌握していたりする。


「今日もバテバテだな、お前」
キッチンのテーブルに上半身を突っ伏してダレているキラの頭上から、呆れたような声が降って来た。同棲中のアスランのものだ。
しかし「誰の所為だと思ってるんだ」と絶賛責任転嫁中のキラは、拗らせ過ぎて返事もしない。ゾンビの如くノロノロと伏せていた上体を上げ、淹れてくれたアイスティーのストローを啣えただけだった。
「あのなー。言っとくが悪いのは…」
「煩い。別に何も言ってないでしょ?」
我ながら可愛くないと思う。
あくまでもキラの体調を気遣っての措置だと理解はしているのだ。アスラン自身もこの設定温度では、暑さを感じていないわけがない。しかも彼の場合はいくら温度を下げても、手足が冷えるということもないのだ。キラに付き合ってくれているだけで。
その証拠に外では些かも乱れない服装が、家では相当ラフになっている。開襟シャツのボタンは上から3つも外しているし、長めの髪を無造作に後ろで縛っていた。ここ数年のアスランの夏の定番スタイルである。
因みに今日は珍しくアスランとキラが揃ってオフの日だ。連日の猛暑で削られ続けたキラの体力が残り少ないのは周知の事実なので、アスランも一緒に出掛けるなんて最初から期待はしていない。尤もキラと共に居れさえすればアスラン的には満足だから、お家デートでも何ら不満はないし、例え機嫌の最悪なキラに八つ当たりされても、その程度のことでキラに愛想を尽かすこともなかった。多少の不機嫌な態度など、溜息ひとつで聞き流すスキルを持っている。
それを知っているキラは、可愛くないと分かっていて、もう存分に我儘を垂れ流してやろうと決めた。

諸手を上げて感謝するには、温度と湿度が高過ぎる。


「…………おかわり」
声を出すのさえ省エネモードで、キラが小さく唸る。見れば今淹れたばかりのアイスティーのグラスは既に空になっていた。作ってやったのは少しでも納涼になればと思ったからで、別にキラの機嫌を取る目的ではない。つまり可愛い我儘にも、聞けるものとそうでないものがあった。
「駄目。それ以上飲んだら、昼メシ入らないだろ?」
「どっちにしてもこの暑さじゃお昼ご飯なんか食べらんないから、必要ない」
「それも却下。これ以上体力削ってどうすんだ」

所謂“夏場”になってから、キラの食欲は減退の一途を辿っている。まだ余程気を付けてでなければ、見た目にはそれほど顕著ではないが、それは単にアスランの尽力によるものだった。何故見た目で判然としない体重減少をアスランが分かるのかは推して知るべしなので、ここでは割愛する。

とにかくアスランが「駄目」と言ったら駄目なのだ。キラは早々におかわりを諦めた。この上口論して体温を上昇させるなんて冗談ではないし、論破されると判り切っているのに、ゴチャゴチャ反論するのも面倒くさ過ぎる。





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