捧げの桜
□君の隣は譲れない
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「…よし。見回りはこのくらいで良いだろう。」
十二神将玄武は隠形しながら賑わう市の中を歩いていた。
否、清明に命じられた訳ではなく、彼が故意でしている見回り。彼は安部家以外の場所にも結界を施している。
安部家以外の場所に妖が現れた場合、清明や昌浩が退治に向かうことになる。その手間を少しでも減らせるように、少しでも清明が心置きなく暮らせるようにと玄武が己で思案し、己で実行していることである。
「…それにしても今日はやけに風が強いな。」
呟いて、玄武は空を仰いだ。今は初夏。風など吹かずに人間たちは暑さに必死に耐えている時期だ。それなのに、今日は暑さを凌ぐ程の風が吹き荒れており、先程まで時々強く吹いていた風が、今は家々が吹き飛ばされないかと心配になる程の風力になっている。その風には、微かな「気」を感じる。自分の知っている神気。
「自然の力による風ではないな…これは…」
玄武の脳裏に一人の少女の面影が過ぎった。
意志の強さを表すかのような桔梗色の瞳、長い二つに結った栗色の髪を風に靡かせる同胞。
(太陰がまた風を乱暴に操っているのか?全く…何故、我が毎回注意しているのに聞かないのだ?
気は進まないがこれは百虎に報告するしか…」
自分の思考に沈んでいたその刹那、再び吹き抜けた風に玄武は、はっと顔を上げた。
風の中に太陰の神気以外の気が微かに混じっているのを感じた。
妖しかと思ったがそれは十二神将である自分たちに近いもの。
「一体何なのだ…?」
何なのだろう、この気は。暫し考えてみたがわからない。とりあえず一度安部家へ戻るという結論に達した。
――安部家――
安部家の庭の木陰に一人の女性が寄りかかっていた。肩の位置に切り揃えられた漆黒の髪が風で靡いている。
『勾陣』
突如、名を呼ばれて十二神将勾陣はふと視線を声の方向に移した。
「…百虎か」
勾陣が声の主に答えると、百虎は彼女の視線の方向に顕現した。
「清明からの頼まれ事はもう済んだのか?」
「ああ。それはもう済んだ。」
百虎の問いに勾陣が頷く。彼女は清明の命令で貴船まで足を運んでいたのだった。
「そうか。」
「…しかし、戻って来たらやけに風が強いな。
ここを出る時はそうでもなかったはずなんだがね。吹き抜ける風から太陰の神気を感じたんだが…もう一つ、気を感じる。」
「太陰に客人が来ている。」
「太陰に?一人しか思い当たらないな。」