月夜語り

□重なる光
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「今年の七夕は晴れたわね」

安部家の屋根の上に腰を下ろす太陰は、誰に語るでもなく濃紺の夜空を仰ぎながら呟いた。
彼女の見上げる先には満天の星が瞬いている。
星が寄り集まり、川のように天に流れている。
天の川というものだ。 

「天の川がよく見えるな」

同胞の神気を感じた太陰が背後を振り返ると、玄武が顕現した。

「あら、玄武。
今日はもう人界には下りてこないと思ってたわ」
「そのつもりだったのだが、何となく、な。晴明は今年も行ったのか?」

隣に腰を下ろす玄武に太陰は頷いた。

「うん。宮中へ行ったわ。今年の乞巧奠(きっこうでん)へは昌浩も晴明と一緒に参内するみたい」
「そうか。では、騰蛇も共に行ったのだろうな。静かな訳だ」

乞巧奠とは、七月七日、七夕に宮中で催される年中行事のことである。
中国から彦星・織姫伝説と共に伝わったもので、日本では奈良時代から導入されたと言われている。
祭の内容は、帝が牽牛星と織女星の二つの星を眺めて逢瀬を祈り、織姫にあやかり、貴族の女性達が七本の針に五色の糸を通して供え、機織りの上達を祈ったり、琴や香炉を机の上に飾り、芸の上達を願ったり歌を読んだり雅楽を奏でる遊びをするという祭だ。
太陰と玄武の主である晴明も毎年声が掛かり、宮中へ参内している。
「太陰は着いて行かなくてよかったのか?」
「だって、いつも通り六合も着いているし」
「それはそうだが、好きだろう?太陰はあのような催しものが」

玄武に問われて太陰はそうだけど、と言葉を濁す。

「騰蛇もいるし…やっぱりちょっと苦手なのよ。あの物の怪の姿なら多少は平気ではあるけど…それにわたし、宮中の人間は好かないのよ。
彰子姫は別だけど、たいした力もないのに偉そうだし、調子いい時だけ晴明を利用しようとするし…愛想よくしていても、胸中では何を考えているかわからない…そんな人間が集まるところになんて行きたくないわ」
「確かにな…」

太陰の言葉に、玄武は重々しく頷いた。
彼女の言うことはわかる。自分も同意見だ。
晴明の命令で護衛として赴くことはあるが、そうでなければ自ら進んで足を踏み入れようとは思わない。
あそこは華やかな場所だ。けれどそれは、外から見てそう見えるだけ。
一歩踏み入れれば、陰謀と欲望の渦巻く世界だ。
本当に恐ろしいのは妖でもなく、人間の持つ負の心だと玄武は感じている。
妬みや恨み、羨望…それは人間のみが持つ感情だ。
否、玄武だけではない。おそらく、太陰も、他の十二神将も。
それでも、人間である晴明に付き従うのは彼を好きだから。
自分達を朋友と呼ぶ、彼の心を好きだから。
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