月夜語り

□少年の憂鬱
1ページ/5ページ

「玄武くん!これ受け取ってください!」

まだ木枯らしの吹く寒空の下、少女が少年に綺麗に包装された包みを差し出す。

少年…もとい玄武はその包みを見て、内心溜め息をついた。
もう、何度目だろうか。
今日こうして顔も名前も知らない女子生徒に突然呼び出されて包み…チョコレートを渡されるのは。

「あの…」
「受け取ってくれるだけでいいんです!お願いします!」
「………」

この会話のやりとりも、何度目だろうかと玄武は考える。
目の前の少女は顔も名前も初めて知る相手だが、今日が何の日かわかっているから無下にするのも気が引ける。
受け取ってくれるだけでいい、などと言うが、顔を見ればわかる。
彼女は自分を本気で好いていてくれてるのだろうと。
自分が知らなかっただけで、彼女は自分を知っていて慕ってくれていた。
しかし告白されたわけではない。
受け取るだけでいいと言うなら…

「ありがとう」

玄武が差し出された包みを受け取ると少女は感極まったのか涙目になりながら、ありがとうございますと頭を下げて走り去って行った。
玄武は受け取った包みを見て、思う。
今と同じやりとりを今日何度もした。
相手は違うが、ほとんど同じようなやりとりだった。
好意を寄せられるのは嬉しいことだ。
玄武とて、年頃の中学生の少年。
嬉しくないわけがない。
こうしてチョコレートを貰うことも嬉しい。
しかし、いくら好意を寄せられても答えることはできないから手放しに喜べない。
勇気を出して伝えてくれたであろう気持ちに返すことはできないのだから。
特別な感情を含まずに気軽に渡してくれる女子からの物は受け取りやすいが本気の告白も今日何度か受けた。
相手の本気がわかるから、たいして関わりのない相手に対しても断ることがとても申し訳なかった。
目の前で泣かれたりなどすると胸が痛い。

バレンタインデーというのは、世間が浮き足だっていて男女共にそわそわするイベントだ。
しかし玄武は渡されることを嬉しいと、有り難いとは思いつつも今年も世間と同じ感覚を共有することはできなかった。

教室に戻り、これ以上長居をして捕まるのを避けるために先程もらったチョコレートをすでにチョコレートでいっぱいになった紙袋に入れて、黒のコートを羽織ると鞄を持って教室を出る。

まだ校内には生徒が多く残っているので捕まらないよう足早に廊下を歩く。
すれ違う男子生徒から紙袋に向けられる羨望や妬みの視線を居心地悪く感じながら歩き、とある教室の前を通る際、横目で教室内を確認する。

(いない?…もう帰ったのか…)

僅かに期待していた気持ちが落胆に変わる。
別にもし残っていたからといってなにかあるわけではないのに。
何を期待していたのだろうか、自分は。

自重気味に笑い、玄武が下駄箱で靴を履き替えていたその時

「お〜、相変わらず今年も玄武くんはおモテになりますねー」
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ