月夜語り

□今でも胸に残ること
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…―どれだけ時間(とき)が経っても、忘れられないことがある。
色々な出来事があったのにあの事は今でも自分の胸に残っている―…。

「玄武!今日はお花畑に行きましょう!」

夜が明けて、それまで共に安部家の屋根の上に腰を下ろしていた太陰が突然立ち上がり、玄武に言った。

「…花畑?」

「そうよ!お花畑!」

「…何故、花畑なのだ?」

彼女が突拍子もないことを言うのは慣れている。しかし花畑というのはまた何とも突拍子だ。

「この間、ちょっと空を飛んでたらお花がいっぱいの綺麗なお花畑を見つけたの!
だけどその時は時間がなかったから満足に見れなかったのよ。
もう一度見に行きたいわ」

「それならば一人で行けばいいだろう。何故我を誘う?」

玄武が冷めた口調でそう言うと太陰は頬を膨らませる。

「一人でなんてつまらないじゃない!
綺麗な物を見るのよ?
感動を誰かと分け合いたいじゃない」

「…ならば他の者を誘えば良いだろう。
例えば昌浩や百虎など…」

「昌浩は今日は彰子姫と市へ行くんですって。
昨日彰子姫と約束してたわ」

「約束…?…む…」

太陰に言われて玄武も昨夜のことを思い出す。
今日は久しぶりに昌浩は陰陽寮が休みらしく、彰子に付き合って市に行く等と約束をしていたのだった。

「む…そうだったな…。では、百虎は?」

「びゃっ百虎はいいの!…百虎と一緒に出かけたらまた何かお説教されるかもしれないもの。
そうなったらお花畑どころじゃなくなっちゃうわ。
そんなの御免よ」

「………」

それは太陰が叱られるようなことをするからなのでは?という疑問が胸中を過ぎった玄武だが、口に出せば彼女が烈火の如く怒ることが目に見えているため胸中に留めた。
「だから、ね?
行きましょう玄武!」

「ちょ…待て!
だからと言って何故我が行かなければいけないのだ!?」

にっこりと笑いながら腕を掴んで来る太陰に玄武は慌てて抗議する。

「あら、何か用事でもあるの?」


「む?…いや…その…」

(用事…何かあっただろうか…否、今日は特に清明から何も命は受けていないしな…)
きょとんとして怪訝そうにこちらを見る太陰に、玄武は断る理由を探すが上手い言い訳が見つからない。
別に花畑に行くのが嫌な訳ではない。
美しい物を見るのは目の保養にもなるし、玄武は自然の生み出す物が好きだ。
だから花畑に行くことは彼にとっては望ましい。では、何が嫌なのか。

(…太陰の風流に乗って行くのだけは御免被りたい…)

彼が乗り気でない理由、それは太陰の操る風にあった。
彼女とは長い付き合い故、彼女の性格はもちろんその力についてもわかっており慣れている。
しかしいくら神将と言えど怪我を負うし、気分が優れない時もあるのだ。太陰の風は速さや攻撃力に定評がある。
彼女が本気を出せば山の木々や家々を全て吹き飛ばすことも可能だろう。荒っぽい故にその威力は絶大だが、加減を知らない。
加減を知らないから、止まらない。
止まらないから被害が及ぶ。
太陰と行動することが多い玄武は確実に被害を被っている。
毎度のこととは言え、気が引けるのだ。

(だが…さすがにこれは言いづらい…)

「玄武!!」

名前を呼ばれてはっと我に返る。
顔を上げると憤然と腕を組み、仁王立ちした太陰が玄武を見下ろしている。

「何を一人で唸ってるのよ?
どうするの?お花畑に行くの?行かないの!?」
組んでいた腕を解き、腰に手を当ててずいっと玄武に詰め寄る。
これでも彼女は玄武が口を開くのを根気よく待っていたのだ。
無理強いはなるべくしたくはない。
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