月夜語り

□それは、雨音すらも掻き消して
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「気が変わったのだ。それより、こちらは雨が降っていたのだな」

空に視線を向け、わたしの隣に腰を下ろす。

「そうよ。朝からずっと降ってるの。あーあ、嫌になるわ」
「何故?」
「だって…つまらないじゃない。
どこにも出掛けられないし。風で雨を弾くこともできるけど…そうまでして出掛ける用はないし。全体的にも暗い感じがするし…雨なんて好きじゃないわ」

「ねえ玄武、あんた水将なんだし雨を止めるとかできないの?」
「…できる訳がなかろう。いくら我が水将と言えど規模が大きいし、自然の摂理に反することをするのは不可能だ。
お前はこの時期になる度に同じことを言う…」
「そうだっけ?」
「そうだ」

…言われてみれば、そうかも。
それから、会話が途切れて沈黙が流れる。サアサアと音を立てて降り続く雨の音だけが耳に響く。それほど大きな音じゃないのに、強い音だと錯覚してしまうほど鮮明に。
空は相変わらず灰色で、まるで色のない世界にいるよう。
わたしの風で、こんな雨雲を祓えたらいいのに…そんなことを考えながら空を眺めていたら、玄武が沈黙を破った。

「仮に、もし雨を止めることのできる力が我にあっても」

わたしは玄武に視線を向ける。
玄武は正面を見据えたまま。

「それを止めることはしない」
「どうして?」

玄武は右手を伸ばし、雨に触れる。
細く、白い指先が濡れて、水滴が滴る。

「雨は生きとし生けるものにとってはかけがえのないものだ。それを個人の感情で押さえつけるようなことはしてはならぬ。
こうして花が咲くのも雨のおかげだ」

そう言って玄武はある一点を見つめる。玄武の視線を辿ると、安部家の庭の一角に植わっている紫陽花の花が咲き始めていた。
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