第4取調室

□チョコレートキス
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「大好きな人とキスをした時と、チョコを食べた時ってね?」
黒はチョコレートを一粒口の中に放り込みながら呟く。
梶原は黒のためにホットミルク、自分のためにコーヒーを入れて、カップをテーブルの上に置いた。
椅子に座り、黒の顔を正面から見ながら、梶原は黒が発する次の言葉を待つ。
秋葉に、チョコは1日二粒まで。
というルールを作られてしまったらしい。
黒は期間限定のチョコの箱を閉じる。
残りの一粒はまた後で、という事かもしれない。
「おんなじような幸せ〜っていう脳波が出るんだって」
湯気があがるカップを両手で包んで温めてから、黒はスプーンを左手に持ち、ミルクをかき混ぜる。
梶原が三温糖を一匙入れているのだ。
数回混ぜて、黒はくるくると回るカップの中を覗く。
「脳波?」
梶原は興味深い眼差しを黒に向ける。
彼にしては難しいテーマだなと思いつつ。
「そう。脳波。ええと、何だったっけ……」
渦が消えかけたカップから目を上げ、黒は梶原を見る。
くるり、と真っ黒な瞳が揺れた。
「難しくてよく覚えてないけど……チョコレート食べた時の方が、キスした時よりその脳波が長く持続するんだって」
「ふうん……」
黒は、梶原とは唇を重ねない。
耳や首筋、指先を甘噛みされたりする事はあるが。
唇と唇を重ねる、という行為をねだられた事はない。
それに。
黒は秋葉とは違う。
まだ幼い部分がかなり存在する彼に、何かをしようという気は梶原にも起こらない。
何より、秋葉がそれを許さない。
(何かって……)
自分が考えた事に思わずはたと思考を止め、梶原は少し笑う。
「黒ちゃんはチョコ食べると幸せ?」
「うん」
一度閉じた箱を、黒はもう一度開ける。
どうやら食べられる時に食べておいた方がいいと思ったようだ。
ある程度、秋葉の意識と交代する時間はお互いが協定を結んでいるようだが、それでも秋葉の気分次第という部分がある事は否めない。
ばくりと四角い粒を口に放り込み、黒は笑う。
「この辺がふわっとする」
黒は細い指先を頭に当てる。
今度こそおしまい、と箱を閉じ、黒は立ち上がってそれを戸棚にしまった。
黒は秋葉よりも感情の幅が広いし、日常の些細な事から幸福を感じ取る事が出来る。
自分を幸福にする媒体のひとつが、チョコレートという事だろう。
しかし、一体チョコとキスの関連を何処で勉強してきたのだろうか。
黒は、自分が座っていた椅子には帰らず、梶原の背後に立って両手で梶原を抱き締めた。
「ん?どうしたの?」
きゅう、としがみつくようなその腕を軽く叩き、梶原は髪に頬を押し当ててくる黒を見上げる。
「ねえねえ、かじわら」
さらりとした黒髪が、梶原の頬と耳を撫でた。
くたりと体重を梶原に乗せながら、黒は梶原を横から覗き込む。
「キスって幸せなの?」
黒は時折、唐突な質問を投げかけてくる。
「大好きな人とするキスって、なに?」
黒は本質的には狭い世界しか知らない。
いつの頃か秋葉の中で生まれた人格だから、外の事をあまり知らない事は当たり前なのだが。
梶原は身体の向きを少し変えて、黒を正面から抱き寄せる。
「教えて?」
そう言って、黒は好奇心に満ちた目で梶原の目を見た。
「え〜と……う〜ん……」
どうすれば黒を納得させる事が出来るだろう。
座っている梶原に対して、黒は立ったままだ。
両手で掬い上げるように、黒は梶原の頬を包む。
見つめてくる漆黒の瞳。
絡め取られ魅入られる、底知れぬ深淵。
「………ちょ、っと待って、黒ちゃん」
すう、と顔を近づけてくる黒の身体を、梶原は慌てて押す。
唇と唇が触れるまで、あと数センチ。
そこで黒は動きを止め、くすりと笑った。
「…今のは……危なかったね?」
そう言って笑ったのは、秋葉だ。
「もう〜っ!!秋葉さんっ!!」
がくりと脱力し、梶原は情けない声を上げた。
この2人を相手にしていると、心臓に悪い時がある。
「黒とキスしたら……逮捕するよ?」
軽く肩に手を乗せてくる秋葉の腰に手を回し、梶原は彼を引き寄せる。
秋葉は微笑み、目を伏せた。
少し身を屈め、冷たい唇を梶原にそっと重ねる。
そのキスは、微かにチョコの味がした。
「…俺はチョコよりこっちの方がいいけどな…」
秋葉の小さな呟きに、梶原は大きな幸福を得る。

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