第4取調室

□かじわらのおはなし
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眠れない夜に

かじわらが頭をなでてくれて

話してくれるお話が

好き



「しゅうじさん、しゅうじさん」
ぼんやりとしていると、いつの間にか黒が側にいた。
ちょいちょいと服の裾を引っ張られ、秋葉は我に返る。
「考え事?何か心配な事があった?」
少し不安げに見上げてくる黒に、秋葉は微笑んで見せた。
考え事、というほどのものではなかったのだが。
自分が何を思っていたのか、ここにいると時折思い出せない時がある。
心配事なら、尽きない気もするが。
黒は両膝をつき、左手を秋葉に伸ばす。
髪に触れ、頬に触れてくる手は温かい。
それは彼なりの秋葉に対する優しさだ。
秋葉は黒の手を取り、そっと自分の方へ引き寄せる。
黒は嬉しそうに笑うと、秋葉にくっついて隣に座った。
こうして2人でいる時間は、穏やかだ。
最近は主に、黒が見てきた外の世界の話を聞く事が常になっていた。
まあ、話の内容の9割は梶原の事と行っても過言ではないが。
今日も恐らくそうだろう。
黒の口から語られる梶原との出来事。
それを聞くのは嫌いではない。
………それほど好きでもないけれど。
少し複雑なこの心の内を形容する言葉を、秋葉はまだ見つけられずにいる。
「昨日ねっ?お月様が綺麗だったの」
昨夜は中秋の名月だった。
天気はどうだったのだろう、と、ふと思ったが、黒の口調では恐らく綺麗な月が見えたに違いない。
少しだけカーテンを開けた窓。
膝を抱えて飽きる事なく月を見上げていたのだろう。
甘えるように秋葉の腕に頭をくっつけ、黒は呟く。
「ずーっとお月様見てたら、眠れなくなっちゃって……」
「それで少し眠そうなんだ」
「そうなの」
黒は秋葉とは違ってよく眠る。
寝る子は育つって言うし、と以前梶原が言っていたが。
「そしたら、かじわらがお話してくれたの」
「ふうん。昨日はどんな話だったの?」
梶原は、黒にたくさんの話を聞かせてくれる。
黒は、梶原の口から語られる昔話や寓話が大好きだ。
秋葉にしてみれば、その大半は途中からわき道に逸れていい加減な結末を迎えるのだが。
先日聞いた桃太郎の話などはその最たるものだ。
秋葉は一抹の不安とイヤな予感を覚えながら、黒の話に耳を傾けた。
「あのね、あのね。お月見の話だったんだけど…」
「………」
そんな昔話があっただろうか。
そう思いながら、秋葉は黒の顔を覗き込んだ。
「しゅうじ、知ってた?お月見の時はまあるいお団子、食べるんだって!!……あ、かじわらも昨日お団子作ってくれたよ?」
とんとんと繋いだ手を自分の太腿に当てながら、黒は笑う。
「えーとね。そんでね、ずっと月を見てたら、いつの間にかオオカミさんに変身しちゃうんだって!!でね、お餅をついてるウサギさんを捕まえて、ぱくり!!そんで7匹の子ヤギもぱくり!!そしたら赤い頭巾を被った女の子がやってきて……」
「かぁじぃわぁらぁぁぁぁぁっ」
唸る様に言い、がくり、と秋葉はうなだれる。
「あれっ!?どうしたの、しゅうじ?しゅうじさんっ!?」
黒に揺さぶられ、秋葉は溜息を吐いた。
黒にあまりいい加減な話をしないで欲しいのだ。
後からフォローをするのは結局自分なのだから。
「どうしたの?……やっぱり何か心配事があるの?」
今の秋葉の心配事は。
黒がまともに成長するかどうかという事だ。
「何もないよ」
秋葉は笑顔が引きつってしまわないように注意しながら笑み、黒の頭をなでた。
後から梶原によくよく言って聞かせなければ。
………今更言って聞かせたところで、どうにもならないかも知れないが。
そう思い、秋葉はまた溜息を吐いた。

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