第4取調室

□御祓い?
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「秋葉」
薄暗い駐車場。
後ろから、ヤクさんに声をかけられた。
俺は、用心深く振り返る。
ヤクさん。
薬師神大和さん。
とても恐い人だ。
実家は神社らしいし、彼本人も神主さんの資格を持っているらしい。
神主さんと言っても、いろんなランクがあるらしいんだけど。
俺は、ヤクさんがどの位置の神主さんなのかは知らない。
きっと、柊二も知らないと思う。
振り向いた俺の目を、ヤクさんはしばらく見ていた。
何かを見抜こうとしている、というか。
既に何もかも見抜かれている、というか。
居心地が悪くて、俺はいつも視線を外してしまう。
俺が柊二本人じゃなくて、柊二の中に住んでいるもうひとりの人格だってこと。
多分、ヤクさんは知ってる。
もちろん俺が『黒』という名前をつけてもらっている事までは知らないだろうけれど。
視線を外した時点で負けが決まるんだけど、仕方ない。
この人は、とても優しいけど、恐い。
ヤクさんは、俺に近寄ってふわりと笑った。
すう、と右手を伸ばし、俺の肩と背中をぱんぱんっと叩く。
「……気をつけろよ、お前は……だから」
痛い程叩かれたわけじゃない。
なのに、一瞬呼吸が詰まる。
おかげでヤクさんが言った言葉の肝心な所を聞き逃してしまった。
俺がこうして職場に来る時は、普段の柊二よりも近寄り難い雰囲気を醸し出しているらしい。
それは『かじわら』に言われた。
柊二自身はとても複雑な奴だけれど、俺もその一部分だから。
かじわらの前では自分で居られるけど、ここでは俺も違う一面を発揮している訳。
極力他人とは関わらない。
かじわらでさえ、近寄らせない。
俺も近寄らないようにしてるし。
皆には『ちょっと前の秋葉を見てるみたいだ』とたまに言われてるみたい。
俺には『ちょっと前の柊二』は分からないけど。
こんなに独りだったのかなって、ほんの少し思う。
俺?俺は平気。
元から独りだもの。
「…………」
ぼんやりとしていると、ヤクさんがポケットから白い紙に包まれたものを取り出した。
「左手、出して」
俺は左利き。
柊二は右利き。
ほら、ヤクさんはちゃんと俺の事が分かってる。
恐い人。
俺は恐る恐る、無言で左の手のひらを差し出した。
「お前は、優しいから……いろんなものをくっつけてきちゃうんだな」
ヤクさんは小さく呟き、白い紙を開く。
そこから、さらさらと俺の手のひらに白い粉が零された。
一瞬、びっくりした。
さっき『おうしゅう』してきた…白いクスリかと思って。
クスリは嫌い。
柊二がお医者さんでもらってくる薬とか、大嫌い。
真っ暗になって、柊二とお話できなくなっちゃうし。
あれ。
………『おうしゅう』ってどんな漢字書くんだっけ。
仕事の時は、柊二の頭に入ってるたくさんの『知識』を引っ張り出してくる事が出来る。
余程大変な時は、柊二も助けてくれるし。
別に不安はないけど。
油断してると、知らない言葉が出て来て一瞬反応が遅れるんだ。
まあ、それすらも『無愛想』とか『変わり者』とか、そういう他人からの柊二に対する認識で片付けられるから、別にいいんだけど。
根本的に、柊二のことは俺と『かじわら』が理解していればいいんだと思っているから。
俺の事は『かじわら』がちゃんと解ってくれているし。
「息するの、辛くなかったか?」
ヤクさんはその白い粉……もしかして、塩、かな……を俺に握らせると、そう言った。
「…………」
言われてみれば。
そうだったかも。
頭痛いし、吐きそうだったかも。
隣に影平さんがいるからだと思ってた。
あのオッサンねえ……俺、苦手。
うるさいし、我が儘だし。
「こうやって……こう」
ヤクさんは、自分も右手に同じように塩を乗せて、それを両手で擦り合わせるように地面に落とした。
同じようにすればいいのかな?
俺もヤクさんがやったように、塩を地面に落とす。
「簡単だけどね。これが一番効くから。調子がおかしいなって思ったら自分でもやってみるといいよ。騙されたと思って」
そう言って、ヤクさんは口の中で何か言葉を結んだ。
何かのおまじないかな?
不思議な人。
ヤクさんは、俺に声を掛けてきた時と同じように、俺の目を見た。
それから、もういいよ、というように笑う。
「おっつかれ〜っ!!」
覆面車の中でゴソゴソと片付けをしていた影平さんが、楽しそうに走ってくる。
俺は思わず顔をしかめてしまった。
それに気付いた影平さんは、俺たちまであと数歩という所で足を止める。
まるで、何かに弾かれたみたいだった。
静電気、とか。
そんな感じ。
「ヤク!!お前また塩撒いたな!!」
ぐるりとその場を避けるように歩き、影平さんはヤクさんを睨みつけた。
「お前も毎回どうしてこれに引っ掛かるかねえ。一回御祓い行って来たら?」
ふう、と溜息を付きながら、ヤクさんはもう一度俺の左肩を軽く叩いてから歩き出した。
「ってかここで撒くな、塩!!」
ぶつぶつ言いながら影平さんは走って二階に上がっていった。
階段に足をかけたところで、もう一度ヤクさんは俺を振り返る。
「……秋葉…いや、何でもない」
本当はこの人。
俺の名前を知りたいんじゃないのかなって。
そう思ったけど。
知られるのが恐いから。
俺はヤクさんの後姿に強張った笑みを返した。



仕事を終えて帰宅すると、もう真っ暗だ。
真っ暗な部屋に帰るのは恐い。
かじわらが来るまでの我慢だ。
「えーと……」
自分にそう言い聞かせながら、俺はキッチンから塩を一掴み持ち出した。
あの後、ヤクさんに簡単な御祓いの仕方を聞いたから。
何だか俺、いろんなものを引き連れていたみたい。
恐いから聞けなかったけど。
ホント、あの人の目には何が見えてるんだろうね。
恐い。
ドアから外に出て、一応誰もいない事を確認してから、俺はヤクさんに教えられたとおりに塩で簡単な御祓いをした。
それ程大量な塩じゃないから、そのうち風に吹かれて見えなくなるだろうと思うし。
「これで、いいのかな?」
両手で塩をもみ、その結晶が全て落ちてしまってから、頭から足の先までを手のひらでなでる。
最後に爪先から悪いものを追い出すようにするんだって。
「………」
よく分かんない。
まあ、いいや。
俺は冷たい風が吹く外から、部屋の中に入った。
ドアを閉じた途端、エレベータの扉が開く音が聞こえた。
かじわらかなって思ったけど。
軽いヒールの音。
左隣に住んでる、女の人だ。
前に柊二を助けてくれた人。
看護師さんだって言ってたっけ。
でも柊二は何かあの人を恐がってる感じがするんだけど……。
「きゃあっ!!いったぁ………っ」
俺はまだ玄関にいたんだけど。
お姉さんの悲鳴が聞こえた。
「何?静電気?……痛ぁ……」
ぶつぶつとお姉さんは独り言を言う。
しばらくして左隣のドアが開く音がした。
どうしたんだろう。
何かに躓いたのかな。
そう思いながら、俺はそっとドアを開けた。
そこには注意深く見なければ分からないくらい少量の塩が落ちているだけ。
今日は風が強いから、さっき落としたよりも塩は少なくなっている。
「…………」
首を傾げていると、またエレベータの箱が上がってきた。
扉が開いて、そこから出てきたのはかじわらだ。
嬉しい。
やっと俺が俺に戻れる。
「黒ちゃ……あいたっ!!!痛い!!」
かじわらが俺を見て微笑み、一歩近付いた途端。
ばちっ!!と音がした。
かじわらは左隣のお姉さんと同じように悲鳴を上げる。


ねえ、ヤクさん。
影平さんは、ヤクさんが撒いた塩に引っ掛かったんだよね?
左隣のお姉さんとかじわらがこれに引っ掛かったんだよね?
ねえ、どうしてだろう。

いつか理由を聞いてみよう。
そう思いながら。
「おかえりーっ」
俺は玄関の片隅に置いていた、ベランダと玄関を掃除するための小さな箒で塩を掃き飛ばした。

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