第4取調室

□かたち
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ぼくは
形のないものが苦手です

心なんてその最たるもの

時々
ぽかんとしている時は許してね

そんな時は形のないものを
一生懸命に形にしようとしてるんだ


時々
イライラしちゃうのも、ごめんね

言葉にならないこと、本当に苦手なんだ


目に見えるものが全てじゃないんだよ


って
笑って言うけどさ

困ったみたいに笑って言うけどさ

ねえ、かじわら

そういうの
難しい、ね

形を探してしまうのは

ぼくに形が無いからなのかな


黒が床に座り込んで、左手の親指の爪を噛む。
短く切った爪を、かし、かし、かし、と部屋に音が響いていた。
「黒ちゃん。何イライラしてるの?」
梶原が問うと、無言で首を横に振り、また爪を噛む。
「く〜ろ〜ちゃん……」
梶原は黒を後ろから抱き締めて、あやすように覗き込む。
目を合わせて、黒が何を思っているのかを窺う。
「ん〜………っ」
黒はむずがるように顔をしかめた。
「……眠いのかな?」
「う〜………っ」
もやもやと胸の中に渦を巻く、何か。
黒はその正体を探している。
黒の身体をゆらりゆらりと揺らしながら、梶原はその細い肩を抱く。
「ねえ……かじわら…」
やがて爪を噛む音が消え、黒の小さな声梶原に届く。
「なあに?」
「……愛って何?」
「………」
これはまた、難しいテーマが降ってきた。
梶原は内心そう思いながら苦笑する。
梶原が笑った気配が背中越しに伝わったのか、黒はまた爪を噛み始めた。
これ以上爪を噛むと、せっかくの綺麗な形をした爪がガタガタになってしまう。
梶原はそっと黒の左手を取った。
その手は程よく温かい。
「愛、ねえ……」
うーん、と唸りながら。
梶原は黒から両手を離す。
途端、黒は不安げに振り向いた。
「………」
振り向き、梶原と正面から目が合ってしまった事を、目の中の不安を見られてしまった事を恥じるように。
黒は少しだけ目を逸らす。
ちょっとしたきっかけで、黒は難しい事を考え始める。
シンプルに答えを出せれば一番いいのだけれど。
「愛には形が無いから……だから分からない?」
「………ん」
こくりと頷き、黒は梶原と向かい合って膝を抱える。
「そんなの、俺の中には無い気がする。分かるんだよ?たくさん……愛情をもらってるのは…」
愛を与えてもらわなければ、きっと自分はここに存在していられない。
黒はそれを理解している。
主人格である秋葉は黒を愛しているし、無論梶原も黒を愛おしいと思う。
複雑な構造をしている秋葉の精神は、それでも黒と共に均衡を保っている。
「………もらってばかりな気がする」
黒は、幼い。
幼いのだから、一身に愛情を注がれていてもいいと思うのだが。
それを言い訳に安穏としたがらない辺り、やはり彼は間違いなく秋葉を形成する一部分なのだろうと梶原は思う。
「黒ちゃん、おいで?」
梶原は床に座ったまま、黒に向かって両手を広げた。
黒は素直に梶原に近寄り、その腕の中に抱かれる。
梶原は、黒が落ち着くまで髪を撫で、背を撫でた。
「………あったかい」
梶原の腕の中は温かくて、泣きたくなる。
「人にはね。形の無いものに形を与える力は無いんだよ、黒ちゃん」
「………ん…」
梶原が語る言葉に、黒は耳を傾けた。
「形にして見せてはあげられないけど。こうやって、黒ちゃんを抱っこする事は出来るよ」
黒は、微かに身動ぎをする。
両膝で立つと、そっと梶原の身体に両手を回した。
ぎゅう、と。
いつも梶原がしてくれるように、梶原の身体を抱き締めてみる。
梶原がしてくれるように、彼の茶色の髪を撫でて。
広い背中をゆっくりと撫でた。
梶原は、心地良さそうに笑う。
「でもね。俺も……白ちゃんも。黒ちゃんからたくさんたくさん愛情もらってるんだよ?」
黒が気付かないだけで。
それはどれほど大きなものだろう。
「泣かないで、黒ちゃん」
すりり、と梶原の頬に自分の頬を寄せ。
黒は顔を伏せる。
「目に見えるものが、全てじゃないんだよ」
たとえ形はなく、目には見えないものでも。
確かにそこにあるもの。
ひとつずつ、すこしずつ。
黒は目に見えないものを感じていく。

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