第4取調室

□臆病者の恋
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「大切なものが出来たら、強くなれるって言うけど…それって、本当かな」
窓辺に座る『黒』はそう言って、その名の通りに黒い瞳をまっすぐに梶原に向ける。
梶原は、時折彼とそんな議論をする事を楽しんでいる。
「黒ちゃんの大切なものって、何?」
「…大切な……もの?」
うーん、と真剣に彼は考え込む。
彼はまず、物よりも人を思い浮かべたらしい。
「人、は……ものじゃないよね?」
「そうだね」
梶原が微笑むと、彼は再び考え込む。
「俺はね、多分……柊二のために存在するんだよ……」
彼は主人格の痛みを請け負う。
「だから俺は、柊二の事が大切」
彼は自分の言葉に納得したように、ひとつ頷く。
「で。柊二は、かじわらの事をとっても大切な人だと思ってて……」
そこで彼は、ふと黙る。
胸の内側に響いた声に、耳を傾けているような表情だ。
「黒ちゃん?」
長い沈黙に、梶原がそっと声をかける。
「…柊二に…怒られた」
悪戯っぽく肩をすくめ、彼は窓の外に目を向ける。
「余計な事言うなって、さ」
彼はゴマフアザラシのぬいぐるみを抱き締め、上目遣いに梶原を見た。
「かじわらの事、大切だなって思う…俺って何かなあ?」
『秋葉』でもなく『柊二』でもなく。
間違いなく自分は梶原に名を与えてもらった『黒』なのだけれど。
「何、かなあ……」
そんな事を考え始めると。
梶原というぬくもりを知る前の方が、余程自分は強かったようにも思う。
己の痛みも、他人の痛みも知らず。
檻の中で息づいていた。
「大切なもの、ならいくらでもあるけど……」
お菓子でしょ?
ぬいぐるみでしょ?
彼はひとつひとつ口に出して指折り数える。
「何か、難しい」
とうとう彼は、溜息をついた。
「黒ちゃん」
梶原は彼に近寄り、やんわりとその頭を撫でる。
「ぜんぜん、強くなんかなってないよ……臆病になっただけ」
彼はそう呟いて、目を伏せた。
それでも梶原の手のひらが心地良いのか、抗う事もせずに。
「失うのが、恐くなっただけ」
彼はぬいぐるみを手放し、梶原の身体に両手を回した。

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