第4取調室

□雷と黒ちゃん
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夜勤が明けた今朝、秋葉の部屋に帰宅して。
……梶原が秋葉の部屋に帰宅するという言い方は少々おかしい。
今更な事実に梶原は気付き、苦笑する。
秋葉は浅い眠りを繰り返し、午後に入るまでは幾度も目を覚ましていた様だった。
14時を過ぎた頃、一度目覚めた梶原が秋葉の寝顔を見た時。
その表情が秋葉ではなく彼のものだと気がついた。
主人格である秋葉が余程嫌な夢を見たか、疲れ切っていて意識を保つ事が出来なかったのか。
恐らくその両方だろう、と梶原は思う。
身体を、まるで胎児か猫の様に丸めて眠る姿は、秋葉と同じだが。
梶原には、寝顔だけでも彼と秋葉の区別ができる。
あどけない表情で、梶原の腕に額をつけて眠る彼の頬をそっと撫で、もう少し、夕刻まで眠ろう。
そう思い、梶原は彼を腕の中に守る様に抱き締めて目を閉じた。
それから3時間。
雨が降り始めたのは恐らく17時頃。
その雨音に雷の音が混ざり始め、梶原は完全に目を覚ました。
少しずつ、その音が近付いてくる。
薄暗い空に、稲妻が光った。
「……ん…」
軽く彼が呻き、目を開ける。
「おはよう?黒ちゃん」
彼はぼんやりと梶原の存在を確かめる様に、額を梶原の二の腕にちょん、とくっつける。
「ねえ、かじわら……何の、音……?」
ゴロゴロと低く響く雷の音。
それに耳を澄ませながら、彼は呟いた。
「雷……」
「………かみなり……?」
丸めていた身体を仰向けにして大きく伸ばしながら、彼は呟く。
それからころりと身体をうつ伏せにして、起き上がった。
「かみなり………?」
まだ寝ぼけているのか、ぺたりとベッドの上に座った彼は両目を擦る。
「そう。ちゃんとおへそを隠しておかないと、雷様に取られちゃうよ?」
梶原がくすりと笑って捲れた彼のTシャツを引っ張ってやる。
不意に。
フラッシュのように空が光った。
近くに落ちたのか、空気を割く様な雷鳴が轟く。
彼はびくりと飛び上がり、怯えた顔で部屋の中を見回した。
「やだ……っ」
実は秋葉は雷や稲妻が好きだ。
真夜中に雷鳴が轟けば、真っ暗にした部屋のカーテンを開け、飽きもせずに空を見ている。
龍が飛ぶ様に走る稲妻を見るのがどうやら好きらしい。
下手をすると窓を開けて、吹き込む雨に濡れながらベランダにいる時さえあるのだ。
それはちょっと止めて欲しいと常々梶原は思っているのだが。
彼は。
「黒ちゃん?」
梶原の腕を振り払い、転がり落ちる様にベッドから飛び降りた。
「いやーーーーーーっ!!!恐いっ恐い恐い恐い恐い恐いっ!!!」
更に続く雷鳴に、彼は悲鳴を上げる。
部屋の中を逃げ回り、廊下に続く扉を開け。
明かりを点けなければ完全に真っ暗な状態になる廊下へ、しゃがみ込んでしまった。
「うーーーーーーっ!!」
耳を塞ぎ、ガタガタと震えている彼を、梶原が慌てて捕まえる。
「黒ちゃん!大丈夫だよ!」
「やだーーーーーーーっ!!!」
これでは完全にパニック状態だ。
梶原の腕の中に抱き込まれても尚、彼はじたばたと暴れた。
その間にも、雷鳴は止まず。
低い音がビリビリと空気を揺らす。
「黒ちゃん!ごめん!黒ちゃんてば!!」
まさに両極端なのだ、この『ふたり』の人格は。
もがもがと梶原の背を引っ掻く彼を宥めながら、梶原は少しだけ溜息をついた。
彼と秋葉が両極端というよりも。
彼がまだいろいろな現象を知らないという事が問題なのか。
ひとつひとつ、丁寧に教えなければならない事がたくさんありすぎる。
どうもその辺りの事を、秋葉が放棄してしまっているような気もするのだが。
「恐かったら、白ちゃんにもう代わってって頼む?」
今頃秋葉は、何をしているのだろう。
この身体の何処かで、楽しげに雷鳴を聞いているのだろうか。
「やだ……かじわらと居る……」
秋葉の名を出した途端、彼は面白いほどに大人しくなった。
「じゃあ、もうちょっとここに居ようか……」
くたりと力の抜けた彼の身体を抱いて、梶原は壁に背中を預けて床に座り込む。
「おへそ…取られない?」
不安げに梶原の顔を見上げる彼の頭を撫で、梶原は笑う。
「大丈夫大丈夫」
右手の人差し指で、Tシャツ越しに彼の腹をくすぐってやる。
ようやく彼が、声を上げて笑った。
「おへそ、ここにちゃんとあるでしょ?」
「いやーーーーっ!!くすぐったいっ!くすぐったいったらっ!!」
僅かに開いたままだった寝室への扉。
その向こうに、また稲妻が走る。

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