第4取調室

□おくりもの
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「柊二さん、柊二さん!!起きてください!!」
今日もまた黒に揺さぶられる。
秋葉は不機嫌そうに唸り、目を開けた。
昨夜はあまり眠れなかった。
ようやくついさっき、眠りに就いたところだったのに。
「何ですか?黒さん」
相変わらず、黒はにこにこと笑っている。
何がそんなに嬉しいんだか、と秋葉はほんの少し意地悪な事を思う。
「昨日はありがとう!!お財布見てびっくりした!!」
嬉しそうな黒に抱きつかれると、毒気を抜かれてしまう。
昨日はそれを強請りに来たクセに、と思わず笑ってしまうのだ。
「ちゃんとプレゼント買えた?」
「うん!!」
昨日の夜。
キッチンのテーブルの上に置かれていた小さな箱。
正確にはそれが入った紙袋。
「あのね…かじわら、時計が壊れたって……言ってたでしょう?」
「あれ?聞こえたんだ?」
ここしばらく。
先日長い間入れ替わっていてから後。
自分達はあまり頻繁には交代していない。
基本的に余程の理由が無い限り、仕事をしている時に黒が表に出る事は無い。
従って黒が梶原に会えるのは、秋葉の気が向いた休日や夜間という事になる。
もちろんそんな場合、梶原は黒に仕事の話はしない。
よくよく考えれば、都合よく、このもうひとりの自分を使っている様で申し訳なくなる時もあるのだが。
その詫び、でもないが。
最近秋葉はできる限り黒と話す機会を増やしているし、支障の無い範囲で黒が起きている間は外で起きている事が彼に伝わるようにしている。
それで、昨日の梶原との会話が聞こえたのだろう、と思う。
「じゃあ、時計買ったの?」
「うん……でも、使ってくれるかな…かじわらの腕時計って、何か大切な思い出がある物なんでしょう?」
秋葉は握った黒の手を、自分の膝の上に乗せて揺らす。
「やっぱり黒も俺も一緒だね……」
「なあに?」
「いや、何でもないよ」
くすり、と笑い。
秋葉は黒と目を合わせる。
「でね?柊二さん」
「それ、いつまでやるの?実は気に入ってる?」
くるくるとした黒い目を向けてくる黒に、秋葉はやんわりと微笑む。
「今日は一緒に、かじわらに会いにいこう?」
黒はそう言って。
秋葉の手を引いた。
「柊二がプレゼント渡したら、ちょっとだけでいいから、俺にも時間をちょうだい?」




「お誕生日、おめでとう」
秋葉と入れ替わった彼が、そう言って小さな箱を差し出してくれる。
「うわあ……今日はもう俺、びっくり箱だなあ」
「え?それびっくり箱じゃないよ?」
梶原が箱を開けるのを、どきどきしながら見守っていた彼は、そう言って梶原を見上げる。
語尾だけしか聞き取れない程に、緊張しているのだとすぐに分かった。
「うん。ありがとう、黒ちゃん」
その緊張を和らげるために、彼の頭を撫でてから、梶原はそっと箱を開けた。
「腕時計……」
それは。
バーセロイの腕時計。
以前雑誌で見たものと同じだ。
3針クォーツ時計。
黒いラバーのベルト、クロノグラフ機能もついている。
「あのね、昨日かじわら、時計が壊れたって言ってたのが聞こえて、それで…でもね、あの時計、おじいちゃんにもらった大切なものだって言ってたし、こんなの代わりにはならないのは分かってるんだけど、あのね……っ」
手のひらにその腕時計を乗せたまま、黙り込んでしまった梶原の様子に不安になってしまったのか、彼は一生懸命言い訳を口にする。
「……ごめんなさい…本当によく分からなくて…駄目、だった、かな…」
先回りをして、俯いてそんな事を言ってしまうところは秋葉と同じで。
梶原は、ふと笑う。
そして左手にたった今彼からもらったばかりの腕時計をつけた。
「嬉しい……黒ちゃん……ありがとう。大切にする」
その左手を彼に見せると、ようやく少しだけ彼は安堵の笑みを見せた。
「じゃあ、もう、柊二と変わるね。また遊んでね」
僅かに名残惜しそうに。
彼は梶原に抱きついた。

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