第4取調室

□甘え下手
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梶原がシャワーを浴びて部屋に戻ってくると。
彼は濡れた髪を乾かそうともせず、膝を抱えて交通機動隊員から回ってきたDVDを見ていた。
パトカー乗りはどうか分からないが、白バイ乗りは大半がバイク好きな連中だ。
どこかで話が合ったのだろう、最近秋葉は車やバイク関連のDVDをよく借りてくる。
梶原がふとその画面を見ると、それは先月行われたバイクレースの模様を収録したものらしい。
レース界も夏休みに入ってしまうので、しばらくはそんな番組もないのだと言っていただろうか。
梶原はあまりバイクには興味はないのだが、とりあえず各レースでいつもトップを争う数人程度ならば覚える事が出来た。
彼もさほどのめり込んでレースを見ている訳ではない。
そういう周回ものを見ていると少しは気が紛れるのかも知れない、と梶原はその後姿を見て思ってみたりする。
梶原の気配を感じたのか、両膝を抱えたまま彼はころりと床に転がった。
「秋葉さん?どうしたの」
真下から見上げられ、梶原は首を傾げて彼見下ろす。
「………違うよ」
ふい、と目を逸らし。
彼はつまらなさそうに起き上がって座りなおした。
梶原はふと笑うと、再び両膝を抱えてテレビの画面に見入る彼を背中から抱き締める。
「やだっ!!」
そんなもので誤魔化されるか、と言わんばかりに彼は身体を捩って抵抗する。
「ヘンタイっ!!」
「はいはい」
よいしょ、と彼の身体を横抱きにする様な形にして、梶原は彼の頭を胸元に押し付けるようして柔らかく撫でた。
「ケダモノっ!!でかわんこっ!!」
「よしよし」
腕の中で、彼はまだ諦めずに梶原に向かって悪態を吐く。
じたばたと暴れる彼の背をぽんぽんと叩き、梶原は苦笑した。
「バカっ!!」
「うんうん」
ぽかぽかと胸元を叩かれても、梶原はただ笑っていた。
「………秋葉さん」
「…………っ!!」
名前を呼んでやると、秋葉は息を詰めて動きを止める。
「ちゃんと、分かってるよ?分かるって言ったでしょう?」
秋葉と『黒』の違いくらい。
見破れない自分だと思いたくないし、思われたくもない。
頬を赤らめて押し黙ってしまった秋葉の目を、きちんと正面から覗いて。
梶原は微笑む。
目を閉じてしまえばいいのに、それすら出来なくなってしまったのは、秋葉の気恥ずかしさの表れだろう。
だから敢えて。
梶原はそれを正面から受け止める。
甘えたい時に、素直に甘えられない。
秋葉にとって、『甘える』という行為は簡単なようでひどく難しいものらしい。
もうひとりの人格、『黒』が現れ始めてからは、その傾向が強くなった。
秋葉が梶原に甘えたい時には、『黒』が存分にその衝動が満たされるまで梶原に甘える。
秋葉に出来ない部分を『黒』が補っているのだろうけれど。
それでも。
「ヘンタイ……っ」
梶原の腕の中で、少し強張りを解いた秋葉が小さな声で呟いた。
「ねえ、それ…本当は秋葉さんが黒ちゃんに教えたんでしょう」
そっと秋葉の身体を抱き締め、鼓動が聞こえる位置に片耳をつけてやる。
秋葉が目の前にある梶原の腕を指先で引っ掻いた。
「ケダモノ……っでかい柴わんこ……っ」
「………そうですよ?今更何を言ってるんですか……」
秋葉のまだ濡れている黒髪を、やんわりと梳きながら、梶原は笑う。
「バカ……っ」
「バカ……ですかねえ……あいたっ!!」
髪を梳いていた指で秋葉の赤い頬をつつくと、唇の端に当っていた親指の付け根に噛み付かれ、梶原は声を上げた。
秋葉はもっと撫でろと言いたげに、梶原の手のひらを鼻先で押し上げる。
「………好き……」
肝心な言葉は小さい囁きだったのだが。
梶原の耳には確かにその二文字が聞こえていた。

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