捜査共助課3(短編小説)

□愛しいものへ
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泣きたい時は

あなたの涙を借りてもいい?

笑いたい時は

あなたの声を借りてもいい?


そして、ね

愛しい人たちを
抱き締めたい時は

あなたの

その小さな手を

借りたいの



「柊にいちゃん」
昼寝から覚めた唯に呼ばれ。
秋葉は読んでいた雑誌を閉じる。
何となく、昔から呼んでいる2輪の雑誌を、ついつい買ってしまう時がある。
別にバイクを買う予定など、欠片もないのだが。
「起きたのか」
唯は秋葉の休日の予定を、よく知っている。
何故だろうとずっと不思議に思っていたが、先日ようやく納得がいった。
梶原だ。
梶原が秋葉のシフト情報を横流ししていたのだ。
今日も夜勤明けを狙い、唯は『ぷち家出』なるものを実行するべく、秋葉の部屋に来ている。
まあ、ぷちだろうが本気だろうが、家族は唯がここにいる事は重々承知しているので構わないのだが。
第一次反抗期、だろうか。
それとも弟が出来る事に対しての不安だろうか。
残念ながら、秋葉にはその微妙な心持ちを充分に理解してやる事が出来ない。
その手の気持ちならば、長男の比呂の方が理解できるのではないだろうか。
とも思うのだが、目下のところ、唯は比呂の言う事も聞かないらしい。
テーブルの上に置いてあった携帯のランプが点滅している事に気付き、秋葉はそれに手を伸ばした。
2つ折りのそれを開けば、義姉からのメールだった。
思えばこれも謎だ。
秋葉は義姉のメルアドなど登録した覚えもない。
もちろん、彼女にこちらのアドレスを教えた事もない。
だが、しっかりと受信欄には名前まで記載されている。
これも恐らく、梶原の仕業だろう。
職場で無造作に携帯を放り投げている自分も悪いといえばそうなるのだが。
時折パートナーの影平からも、いたずらメールが入る事がある。
要は、秋葉が無頓着すぎるのだ。
『柊二さん、疲れてるのにごめんね。唯がまた迷惑かけてますね』
もうそろそろ出産の予定日だろうに、娘の事も気がかりでたまらないのだろう。
秋葉としては、そちらの方が心配になる。
なんと返事を返せばいいかと思案しながら、ふと顔を上げると、顔をしかめた唯が目の前に立っていた。
「……けいたい、キライ!!」
「ああ。ごめん」
秋葉は唯の言葉に苦笑し、携帯を閉じる。
「む〜!!」
唯は秋葉の膝に上がると、ぽかぽかと秋葉の胸を叩く。
「痛いよ、唯」
その小さな手を捕まえ、秋葉も顔をしかめて見せた。
まだ眠そうな様子の唯は、このまま抱いていればまた夕方まで寝てしまうかも知れない。
完全に起こして遊んでやるのと、どちらがいいだろう。
柔らかな小さな手は、それでも唯の成長と共に大きくなった。
生まれたばかりの唯を抱いた時、あまりの頼りなさに、その手が少し恐かった事を思い出す。
くすりと笑う秋葉を見上げ、唯は頬を膨らませた。
「もう、柊にいちゃんもキライ!!」
駄々をこね始めた子供は、なかなか扱い辛い。
秋葉は暴れる唯を抱き締めた。
「ねえ、唯。さっき、なんの夢を見てたの?」
秋葉のベッドを占領して眠っている間、唯の寝顔は楽しそうに笑みを浮かべていた。
それを見ながら、こちらまでが幸福な気分になりそうな表情だった。
「…………ひみつ!」
「そうか、残念」
秋葉の腕の中で、唯が楽しそうに笑い始めた。
子供の機嫌はころころとよく変わる。
無理にそれを正そうとしないで、大人がそれに付き合ってやればいいのだ。
無論、こちらにその余裕があれば、の話ではあるが。
秋葉に実は隠し子がいるのではないかとか、職場で密やかな噂を立てられているのは、ひとえに唯のおかげだろう。
ただ、こんな風に楽に接する事が出来るのは、彼女が姪という存在であるからかも知れない。
秋葉には、比呂の苦労は分からないし、義姉の朋香の苦労も分からない。
「あのねえ……」
秋葉のそっけない返答に、唯がしびれを切らして自分から話し始める。
「貴美ちゃんがね?あたまをなでてくれたの。もうすぐ、おねえちゃんだね〜って」
先日の雛祭りの時も、唯は不思議な事を言っていた。
まるで貴美の声が聞こえているかのように。
秋葉は幾度となく唯が貴美の言葉を語る場面を見てきたので、今日も唯を遮る事なく黙ってそれを聞いていた。
「くびに、へそのお、が。からまりそう、だけど…あかちゃん、だいじょうぶだからねって」
難しい言葉を区切りながら、唯は語る。
「唯、にも、あいたかったって。なでなでしてくれた」
秋葉も幼い頃から、常識では割り切れない不思議な体験をする子供ではあった。
姪である唯にもそんな感性があるのかも知れない。
「貴美ちゃん、唯のね、手をかりたんだって。おひなさまの日」
唯は手を伸ばし、秋葉の頬に触れた。
「じいじも、ばあばも、お父さんも柊にいちゃんも。みんなを、だきしめたかったんだって」
唯の小さな手を借りて。
貴美は家族を抱き締めた。
「あのね……」
唯は眠そうに小さく欠伸をする。
瞼が重たそうだ。
「ことしは……さくらのお花、ちゃんとみてねって……」
そう言い終えると、唯はまたひとつ欠伸をする。
「そしたら………」
秋葉の腕にもたれ、唯は目を閉じた。
すう、と小さく寝息を立てて、また夢の中へ戻っていく。
秋葉は微かに笑み。
唯の身体を守るようにそっと抱き直した。


今年は、桜をちゃんと見てね。
そうしたらきっと、
一歩前に進めるから。


悲しい事は思い出さないで。
愛しい人たちには、
笑っていて欲しいから。


想い

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