捜査共助課3(短編小説)

□ヤクさんの日常
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「………あ〜あぁぁぁぁ…」
今、俺の目の前で、影平が飲んだくれている。
何故か俺の部屋で。
しかも俺の酒で。
「ヤク〜、おかわり〜」
空になったグラスを差し出され、小言のひとつでも言ってやろうかと思ったが、そこは堪える事にして。
俺は影平のために水割りをもう一杯作ってやる。
「もうこれで今夜はやめときなさい。明日の仕事に差し支える」
「んんんん〜」
妻子が実家へ小旅行中という影平は、久しぶりに俺の部屋へ遊びに来ていた。
元から酒に強いとはいえ、無茶な飲み方だけは絶対にしないこの友人が。
何故か今夜は酒を水のように飲んでいる。
今日は元から妻子がいない予定だったのか、それとも突発的な出来事が何かあったのかは詮索しないでおいたほうがいいのだろうか。
「………俺、もうヤダ。秋葉と組むの」
何だ、無茶な飲酒の理由はそっちか。
俺は自分のために作った水割りを一口飲んだ。
秋葉は滅多に愚痴をこばさないが、この友人は愚痴が多い。
しかもそれは9割の確率で、相方にとっては理不尽な理由だ。
秋葉の信頼を得るには、時間がかかる。
俺はそう思っていた。
何だろう。
あいつは野良猫みたいだ。
もしくは、ハリネズミ。
野良猫の信頼を得るには、距離と時間が必要だ。
驚かしてもいけない。
あいつの信頼を得て、尚且つ、あいつの心に近付きたければ、の話だが。
それを俺は影平に諭した事があった。
影平と秋葉が組む事になった時の事、だ。
「今日もさ、今日もさ………ねえヤク、聞いてる?」
少し充血した目を向けられ、俺は慌てて頷いた。
酔った影平には逆らわないでいる事が賢明だ。
どうせこの後、コテンと寝てしまって、次の日にはもう何も覚えていないのだから。
「今日は張り込みだったんだろ?」
このところ、空き巣と放火が管内で連続発生している。
両方とも、主に週末の犯行が多いのだが、平日も警察と消防はパトロールを強化している。
同様の犯行の前科がある男の部屋を、影平と秋葉は朝から張り込んでいた。
結果はあまりいいものではなさそうだ。
例えは悪いかも知れないが、放火は麻薬などと同じで、再犯率が高い。
従って、前科を持つ者が真っ先に疑われる。
「そうだよ?張り込んでたよ?」
「何が嫌だったの」
畳の部屋に置いてある、正方形のコタツ。
そのテーブルの上に顔を伏せ、影平はごにょごにょと何事かを呟いた。
「あいつ、全然喋んねえから。ちったあ喋れ馬鹿……って言ったらさ」
ほら。
お前が言ってる、それがもう秋葉にとっては理不尽なんだよ。
何度言っても影平はそれを理解しない。
実は影平は天然さんなのかも知れない。
「生憎ですが、影平さんを楽しませるようなネタは持ち合わせていませんって!真顔で!」
うがあああ、とわけの分からない唸り声を上げ、影平は顔を上げてグラスに残った水割りを一気に飲み干す。
「ああ、そんなに一気に飲んだら……」
「あいつ、嫌味だし!!陰険でネクラだし!もうヤダ楽しくない!疲れる!!」
俺の制止の途中で、影平は秋葉についての所見を一気に並べ立てた。
要は、もうちょっと秋葉を理解したいんだろって。
でもそれを言うと、話が終わらなくなるし。
「おかわり!!」
「…………もうやめなさいって言っただろ」
段々目付きがやばくなってきた影平のグラスを取り上げ、俺は顔をしかめた。
「ケチ!!ヤクのケチ!!」
つまみに出していたカシューナッツを指先で俺に向かって弾きながら、影平は口を尖らせた。
「食べ物を粗末にしてはいけません」
「ケチケチケチ!!!ヤクも嫌い!!」
とうとう駄々っ子攻撃ですか、影平君。
でもこいつに嫌いと言われると、どうも傷ついたような気分になる。
甚だしく不純な動機で警察社会に飛び込んだ俺に、初めてできた友人だから、かな。
「あいつ、ヤクの言う事ならきくんだぜ?」
「そうかな?」
「そうだよ。お前には随分素直じゃん秋葉」
そうかな。
正直、あまりそんな風に思った事はない。
配属されてきた当初ならまだしも、今は秋葉が扱いにくい人間だという事は分かっていたし。
俺自身があまりぐいぐい押されるとスタコラ逃げるタイプだから、一歩二歩引いて秋葉と接しているからかも知れない。
「………お前の押しが強すぎるんじゃないの?」
秋葉が影平を敬遠する理由のひとつを思いつき、俺は影平にそう言ってみる。
「俺から押しの強さを取ったら何が残るんだよ!!!」
………そりゃそうだ、が。
影平は俺に向かってそれだけを言うと、後ろにばったりと倒れて3秒ほどで眠ってしまった。
「…………同じ事言ってもにゃあ?お前の言う事はちゃんと聞くけえ、秋葉は。どえりゃあムカつくけえの……」
影平が風邪をひくと後々仕事に響くので、俺は毛布を持ってきてやる。
それをかけてやると、影平は寝言のように呟いた。
怪しげな広島弁らしき言葉で。
そういや、こいつ、広島生まれだったな。
俺は笑い、影平の額を叩く。
「なあ。それってさ……。俺に妬いてるの?それとも秋葉に妬いてるの?」
「………そげな…いたしいこと、言うなぁや……」
影平の最後の言葉は、俺にはちょっと、理解出来なかった。




「……………影平さん。酒臭い」
翌日。
二日酔いの影平は、早速隣席の立花に一撃を食らっていた。
刑事課に所属しているとはいえ、彼女も年頃の女性だ。
酒臭いオッサンの隣に座っているのは、さぞ苦痛な事だろう。
確かに、背中合わせに座っている俺のところにまで何となく酒のにおいが漂ってくる。
二日酔いの刑事はちょっと使い物にならない。
使い物にならないどころか、現場に出すわけにはいかないかも知れない。
今日一日、刑事課が出動するような事件が何も無ければいいが。
「ウイ。飲みすぎました。超、猛烈に反省シテマス」
こめかみを押さえ、影平は俯いたまま答えた。
とりあえず、午前中に現場に出るような事があれば、俺が変わるとして。
くるりと椅子を回し、振り返ると。
偶然秋葉と目が合う。
「すまんなあ、コレ、どうしようもない馬鹿で」
俺は影平を指差して秋葉に謝る。
何故謝られているのか、秋葉には分からないだろうが。
影平が二日酔いになった原因の一端は、俺にもあるだろうから。
「馬鹿言うな、馬鹿!!」
途端に影平が顔を上げて噛み付くが、すぐにふらりと机に突っ伏した。
「いえ、もう、いつもの事ですから。気にしません」
秋葉は淡々と答える。
相変わらず、一瞬だけ見せる笑顔はぎこちないのだが。
それでも時折、素直な感情の一片を見せ始めたようにも思える。
「秋葉さん秋葉さん」
隣にいる梶原が秋葉を呼んだ。
「何?」
秋葉は梶原が差し出した書類を受け取り、手短にそれについて梶原と会話を交わす。
俺が影平に救われたように。
秋葉もきっと、梶原の存在に救われていくのだろう。
そうだといい。
「ヤク〜……何かクスリない?」
「はいはい」
影平の声に、俺は机の引き出しを開ける。
「……いったぁ!!指切っちゃった……ヤクさん絆創膏ないですか!!」
二日酔いの影平の隣で、立花が声を上げた。
「はいはい」
俺の机の引き出し。
いろんなものが入っている事で有名です。
「あ!!ヤクさん、この事件の処理、どうするんでしたっけ?」
「はいはい」
仕事が始まれば、いろんな同僚が俺に声をかけてくる。
時々考える。
俺のこの場所での位置づけ。
一体何かな。
ちょっと便利なオジサン?
「薬師神〜、ちょっと聞いてくれよ!!」
「はいはい」
ちょっと便利なオニイサンくらいにしといてほしい。
「すみませ〜ん。薬師神さん、いらっしゃいます?」
刑事課のドアが開いた。
顔を覗かせたのは、事務職の若い男性職員だ。
「はい?」
俺片手を上げて振り向いた。
「ここ最近。霊安室に、何か、出るみたいなんスけど。刑事課に神主刑事がいるから、御祓い頼んでこいってうちの課長が……」
「…………はあ……?」
俺、正直なところ、一杯一杯です。
でも、まあ。
そんな日常もいい、かな。

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