捜査共助課3(短編小説)

□デビュー
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「し、失礼しまぁす……」
刑事課の扉がノックされ、ひとりの若者が顔を覗かせる。
ノックも挨拶も、忙しく働いている刑事課の面々には聞こえない程に小さいものではあったが。
ノンフレームの眼鏡をかけ、短めの髪は黒髪。
グレーのスーツ姿が、何処か馴染まない。
ネクタイの結び方にも慣れていないようだ。
身長は高い部類に入るだろう。
顔立ちも、まあ、合格点になるのではないだろうか。
「…………何か?」
唯一、彼の来訪に気付いた優が、自席についたまま声をかける。
「あの、梶原さん……は」
若干及び腰になっているような気がするのは、気のせいだろうか。
受付を通さずに刑事課まで上がって来ると言う事は、一般人ではないのだが。
かといって、受付は顔パスで通過する、検視証明書を取りに来る葬儀屋ではない。
4月だし、新入社員だろうか。
それにしても礼儀がなっていない。
まず自らの所属を明らかにしてから、用件を言うべきだ。
最近の若者は……と思いかけて、優は慌ててその考えを打ち消す。
その言葉が出た瞬間、自分が若者ではないという事を自らが認めてしまう事になるからだ。
「………」
どうしよう、という視線を、優は斜め向かいの席にいた秋葉に向ける。
「………すみません、どちら様でしょうか。梶原は席を外しています」
秋葉は、面倒な役割を押し付けられた形で、扉の内側に立ったままの彼にそう言った。
「あ!!申し訳ありません。俺、4月1日付けで大塚署の少年課に配属されました、宮本邦弘です!!」
宮本は、そう言って一応敬礼をしてみせる。
優はもう一度秋葉と目を合わせ、影平の机との間にある電話を引き寄せた。
途端、台が当たって影平が積み上げていたファイルが崩れる。
「ああああっ!!!もう!!!だから片付けてって言ってるのに!!!秋葉!!梶原君の携帯に連絡して!!」
「…………俺が?」
思わず不満の声を出してしまってから、秋葉は扉の前にいる宮本を見る。
梶原も署内にはいるので、ここは連絡のひとつも取ってやらなければなるまい。
「ちょっと……待っててください。どうぞ?ここ、梶原の席なんで座ってもいいですよ」
いつまでも出入り口を塞がれていても迷惑だ。
という思いは、顔には出さずに秋葉は隣の梶原の席を指した。
別に外部に出してはいけない書類も置いていないし、問題はない。
「お邪魔します……」
へらり、と笑って宮本は刑事課に本格的に入ってくる。
秋葉は自分の仕事用の携帯から、梶原の番号を出した。
面倒なので、そのまま発信キーを押す。
梶原の携帯を呼び出している間、左隣に座った宮本を横目で見る。
確か、梶原が懇意にしていた後輩ではなかっただろうか。
以前何かの折に聞いた事があった気がする。
「………梶原?刑事課にお客さんなんだけど。……うん。少年課の宮本さん……っ」
そう言いかけた所で、梶原が大声を出した。
秋葉は顔をしかめて一端携帯を耳から離す。
「………はい…じゃあそれで…お願いします」
後で鼓膜が破れるくらいの大声で仕返しをしてやらねば、と思いつつ、秋葉は通話を終わらせた。
「すぐ帰りますから、2分待っててください………だそうです」
「あ……すみません……」
丁寧に椅子ごと秋葉の方を向き、宮本は頭を下げる。
「あの………秋葉、さん?」
「はい………?」
自分の仕事に戻ろうとした秋葉を、宮本が呼ぶ。
先刻優が秋葉を呼んだので、初対面の彼に名前を知られていても不思議ではない。
それにしても見た目よりは案外洞察力があるのかも知れない。
そう宮本を評価しながら、秋葉は彼の方へ視線を向けた。
「前、梶原さんと組んでた方……ですよね。俺、梶原さんのおかげで警察官になったんです」
「……そうなんですか」
明らかに年下に見える宮本に、秋葉は丁寧に答える。
「うわぁぁぁぁ!!!ルーズリーフ君!!久しぶり!!!」
扉が開く音と共に、梶原の声が聞こえた。
姿を見せた梶原は、先日小学生を庇った件で、まだ手に包帯を巻いている。
検査入院の後、数日の自宅療養を経て仕事に復帰してきたのは、つい3日程前だ。
『ルーズリーフ君』という呼び方で、秋葉は梶原から聞いていた宮本の話を思い出した。
鴨を拾って交番に届けに来た青年だ。
どうしてそこから警察官になろうという発想を抱いたのか。
「うっわ、包帯ぐるぐるじゃないですか!!」
「大丈夫大丈夫、もうほとんど治ってるから。ってその眼鏡、何?全然似合ってないんだけど!」
「伊達です伊達!!威嚇用っつーか?」
自分の背後で交わされる賑やかな会話に、少しだけ苦笑して秋葉は立ち上がった。
「梶原。ここ、使っていいよ。俺、ちょっと資料室に行くから」
それ程宮本が長居はするまいとは思うのだが、盛大に立ち話をされても刑事課の業務に差し支える。
そこに釘を刺しておくべきかと思ったが、せっかく再会を喜んでいるのだし、陣野が黙っているのだからしばらくはいいだろう。
梶原のこれほど嬉しそうな顔を見るのも、滅多にない気がする。
そう思い、秋葉は机の上を片付けて刑事課を後にした。
「…………あの人が、秋葉さん……ですか?」
宮本は、梶原に促されて再び椅子に座る。
梶原は秋葉の席に座った。
何となく向かい側の優の存在が気になり、自然と身体を屈めてしまう。
声を潜めた宮本に合わせ、梶原は声を出さずに頷く。
「何か、聞いてた話とイメージ違うんすけど……細っこいし、あんま顔色良くないし、弱そう?」
既に出て行った秋葉の残像を追うように、宮本は扉を見る。
梶原はあまりの言い様に思わず吹き出した。
その後で、不意に背筋に寒気を感じる。
「………あいつを侮らないほうがいいわよ?」
「げ………」
唐突に聞こえた優の声に、宮本が蛙を潰したような声を上げる。
梶原が顔を上げれば、冷ややかな優の目と視線が合った。
「少年課の宮本君……だっけ」
宮本に直接問うのではなく、梶原に向かって問う言葉には存分に棘が含まれている。
「見た目で舐めてかかると、特に子供には見破られるわよ?気をつけなさい」
「…………」
首をすくめ、宮本は梶原を見る。
「……コワイですね……?」
「何か言った!?」
梶原は、優が恐い上に、地獄耳の持ち主だという事を言い忘れていた。
間に合わず、優が片方の眉を上げてみせる。
「いいえ!!何でもアリマセン!!」
ガタガタと音を立てて宮本は立ち上がる。
「お邪魔しましたぁ!!」
やはり丁寧に頭を下げ、また後でと梶原に言い残し、宮本は刑事課から逃げるように立ち去った。




「おぉぉぉぉぉ、秋葉ぁぁぁぁぁぁ」
資料質からの帰り、喫煙所の前を通り過ぎようとする秋葉を、少年課の佐藤が呼び止める。
「あの、佐藤さんちの若いの、うちで遊んでるんですけど……」
「ああ、クニヒロ君?」
「別に彼の名前には興味ないんですけど」
ぷかりぷかりと煙草の煙を吐き出し、佐藤は笑う。
「面白い奴が入ってきたわあ。使い物になるかどうかはまだ分からんが」
使い物になってくれなければ困る。
秋葉は今も少年課の一斉補導に借り出される事が多い。
自分の仕事でも手一杯の現在、別件での超過勤務は勘弁して欲しいのだ。
手薄だった少年課に新人が配属されれば、そういう機会も無くなるだろう。
「使い物になるように育てるのが、佐藤さんの仕事でしょ?」
「言うねえ………」
参ったというように首を振る佐藤に苦笑を零し、秋葉はファイルを抱えなおす。
「クニヒロ君、何だか知らんが梶原の事を尊敬してるんだと。何かあったら梶原に責任取らせるわ」
豪快に笑い、佐藤は煙草を灰皿に押し付けた。
「それも、困るんですけどね。梶原の責任は俺の責任になるんで……」
「じゃあ、また補導手伝ってね!?」
「………佐藤さん…人使いが荒すぎです。俺が過労死したら責任取ってくださいね」
秋葉は軽く頭を下げ、踵を返す。
「お前が死ぬ時は過労死じゃなくて、変死だろ。シゲが鑑識すんの楽しみにしてるってよ」
「…………そうですか。それはどうも」
背中に投げられた声に、秋葉は脱力してしまう。
刑事課に向かう途中、宮本と擦れ違った。
何だか楽しそうだ、と思い秋葉は心の中で微笑む。
「あ!お邪魔しました。また仕事も一緒にするみたいなんで。よろしくお願いします。秋葉さん」
足を止め宮本は丁寧にお辞儀をしてみせる。
「………こちらこそ」
秋葉も礼を欠かないために、頭を下げた。
(本当に、その眼鏡はやめたほうがいい……気がする、けど……)
似合っていないし、第一現場に出る時は危険だ。
誰かがいつか彼にそう言ってやる事を願いながら、秋葉は顔を上げた宮本を見ていた。


拾いもの

その後のルーズリーフ君

その後のルーズリーフ君2

その後のルーズリーフ君3・飛び込め!

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