捜査共助課3(短編小説)

□永遠
1ページ/8ページ

永遠(とわ)なんて信じられないけれど

永遠(えいえん)なら
信じられるかもしれない、と


思った


「ふにゃあ〜ぁぁ」
助手席で、影平が大きな欠伸をした。
雨だ。
どうやら梅雨に入ったらしい。
「湿気がぁぁぁぁ…秋葉ぁぁぁぁぁ、脳にキノコが生えるぅぅぅぅぅぅ」
言外に、車内の温度を下げてもいいかと訴えている影平を、秋葉は無言で放置する。
脳にキノコが生えるのならば、是非拝んでみたいものだ。
大体。
耐えられない程、じめじめしている訳でもない。
太陽の光は厚い雲に遮られているのだから、暑くも無い。
秋葉にとっては、26度で設定された車内温度ですら肌寒い。
半袖のシャツを着ている影平に対し、秋葉は長袖のシャツを身に着けている。
「ちっ……お前は冷え性のOLかっての」
ぼそり、と影平が呟く。
要は、退屈なのだ。
「今、影平さん、世の中のOLを敵に回した気がしますけど」
大粒の雨が、フロントガラスを叩く。
時間を見つけて撥水コートをしておいて良かった。
雨の午後、車の通行量が多い。
時速は50キロ出ていないが、雨粒は丸い球になってころころと転がっていく。
視界がいいだけでも、ストレスが減る。
雨の日の運転は、秋葉も好きではない。
隣にいる影平にとっては尚の事だろう。
「いいんだよ、お前が黙ってれば誰にもばれないんだから」
両腕を組み、影平はつまらないと言うように指先で二の腕を叩いた。
ワイパーの速度を間隔が一番開いている設定にしたまま、秋葉は覆面車を走らせる。
「ふにゃああああああ、眠い……」
影平が再び大きな欠伸をする。
眠いのも当然だ。
2人は明け方からさっきまで、張り込みをしていた。
交代の時間が来て、これから帰署するところなのだ。
「ねーむー……」
前方で渋滞が始まっていた。
更に信号が黄色から赤へと変わるのを確認し、秋葉はゆっくりとブレーキを踏み込む。
「う……っわ!!てめえ、今のわざとだろ!!」
後ろについている車両が無い事をミラーで確認した秋葉が、不意にブレーキを強く踏み込んだ。
影平はシートベルトがロックされるほど、がくんと前のめりになる。
「目、覚めました?」
しれっと言い放つ秋葉の、涼しげな横顔を恨めしげに見て。
影平は大袈裟な溜息を吐く。
「ヤダヤダ、陰険ったらありゃしない」
シートに深く座りなおし、影平が呟いた。
「もっとこう、優しく出来ないのかねえ、仮にも先輩に向かって」
「そういうセリフは、敬いたくなる先輩になってから言ってください」
ああいえば、こう言う影平には。
土俵に乗らないか、乗るのであれば同じ手で返す方法が一番効き目がある。
徹底的に無視をするか、徹底的に叩き潰すか。
「あぁぁぁぁぁ、神様、俺に使い勝手のいい相棒をクダサイ」
わざとらしく両手を祈りの形に組み、影平は曇天を見上げた。
秋葉はくすり、と笑う。
「あ、イヤな笑い方」
こう見えても、影平と秋葉の言葉のキャッチボールはうまくいっている方だ。
時々見せる、秋葉の硬質な笑みに影平は気付く。
ふ、と空気の質が変わる。
纏う温度が下がる。
「影平さんの口から、神様なんて言葉が出るのがちょっと……違和感あって」
ゆるゆると動き始める車列の最後尾。
秋葉はブレーキから足を離し、アクセルを軽く踏む。
「俺は信じてますよ?神様はいるって。いつも神頼みだもん」
おもしろい事件に当りますように。
今日も無事に過ごせますように。
そうして影平は秋葉に向かって指折り数える。
「お前は?神頼みとか、ないの?」
影平に問われ。
秋葉はほんの少しだけ思案する。
「さあ、どうですかね……。神は絶対に平等じゃない…とは思いますけど」
「やっぱお前、冷血。人としてどうよ」
どうよ、と言われても。
と秋葉が思った瞬間。
無線が鳴った。
神経を緊張させ、秋葉がステアリングを握りなおす。
影平が無線に対応している間、アクセルを踏む足を緩め、前方の車両と少しずつ距離を開けていく。
幸いにも後方からはまだ一台も車がついてきていなかった。
影平が復唱する声を聞きながら、覆面車を反対車線にターンさせる準備をする。
傷害事件だ。
現場はここから数分もかからない。
もしかしたら、署から来る他の車両よりも早く現着する可能性もある。
「了解、このまま現場に向かう」
無線機を置きながら助手席の窓を開け、影平が赤色灯を上げる。
唐突にパトカーのサイレンが響く形になり、前方を行く車両のテールランプが次々に赤く点灯した。
秋葉は大きくハンドルを切り、影平が反対車線の車両を停止させたのを確認してアクセルを踏み込んだ。
次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ