捜査共助課3(短編小説)

□終業式
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「おーおーおーおー……ガキ共が楽しそうだわぁ……」
助手席の影平が呟く。
午後3時過ぎ。
現場から帰署する道、いつもより子供の姿が多く見られる。
「……終業式らしいですよ、今日」
ステアリングを握る秋葉が呟くと、影平が首を傾げた。
「はあ!?今日!?まだ17日だぜ?」
「でも、昼のニュースで言ってました、よ?」
何となく、夏休みは20日過ぎからというイメージが拭えない。
しかし今年は今日が金曜日で、土日、祝日が続く。
そう思えば別に不自然な事ではないと、影平は頭の中でカレンダーを思い浮かべた。
「いいなあ、子供は。夏休みがあって」
「そうですかね……いろいろ大変なんじゃないですか?今時の子供は」
というよりも、自分達も幼い頃は存分に夏休みを満喫した時期もあるのだから、一方的に子供をうらやむ話でもあるまい。
秋葉はそう思いながら笑う。
「部活に、塾に……遊んでる暇とかあるのかな……」
『思い出を作ろう、死ぬほど勉強したという思い出を』……とか言う、塾のCMのフレーズを思い出す。
一分一秒を惜しんで勉強しなければ、まるでその後の人生が全て駄目になってしまうかの様な煽り方だ。
純粋に休みを楽しめない今時の子供が、少しかわいそうな気もする。
「学校ではゆとり教育、外では詰め込み。そりゃパンクして妙な事件も起こすわ……」
署が近付き、影平は飲みかけだったペットボトルの清涼飲料水を一気に飲み干した。
「あ。パンクといえば………タイヤ…」
「あぁぁぁぁぁぁ。面倒くさい……」
今日、現場に向かう途中。
路面からの衝撃がひどい事に気付いた。
一応パンクではないだろう、という事は確認したのだが。
署に帰ってからもう一度足回りを確認しなければならない。
「俺、やっときますから」
「らっきー」
端から作業をやる気も無かったのだろう。
秋葉の申し出を影平はすんなり受け入れた。





「あ、っつい………」
アスファルトから立ち上る熱気がゆらゆらと空気を揺らす。
それを些かげんなりとした気分で見つめ、村上沙希は溜息をついた。
最近、秋葉に会っていない。
会えない、というか、会う機会がない。
いつも夜間補導に借り出されていた彼は、今はもう本当に時折しかそれに参加しない。
沙希も毎晩のように遊び歩いている訳ではないので、タイミングが合わなければ擦れ違いが続くだけだ。
「擦れ違うって言うか……さ…」
おまけに新しく少年課に配属された若造が、激しく嫌いなのだ。
気が合いそうにない。
秋葉になら何でも言えたのに。
そう思うと余計に彼に対しての当りがきつくなってしまう。
それを気にする様な沙希ではないのだが。
先日も、あまりに高圧的に上から目線で注意され、腹いせに似合わない眼鏡を取り上げてやった。
どこかに捨ててやってもいいのだが、まだ手元にあって、もちろん返していない。
一言侘びがあれば返してやるのだが。
こうなったら根気の勝負だ。
「あーきーば……いないかなあ……」
終業式の後、担任に呼ばれ。
数学の赤点補習の命令を頂戴してしまった。
来週から8月半ばまで、平日はほぼ毎日学校だ。
去年は赤だらけだった通知表だったが、今年は何とか数学だけに押さえている。
それを秋葉に見せたいのだ。
署の隣にあるコーヒー店をそれとなく覗いてみる。
もちろん、こんな半端な時間にこんな店でゆっくり出来るほど、警察は暇では無い事も分かっていた。
「会いたいな……」
歩道の信号を待ちながら、大塚署の建物を見上げる。
特に何の口実もないので、誰にも会えなければ通り過ぎるしかない。
目の前の信号が青に変わり、沙希は右足を踏み出した。
努めてゆっくりとした歩調で歩く。
立ち番の制服警官も暑そうだ。
大人も子供もお疲れ様、だと沙希は思った。
薄暗い駐車場。
明るいこの場所からは奥の方はよく見えない。
何となくそちらを横目に見ていると、ふと車両と車両の間から立ち上がる人影が見えた。
「………秋葉」
「あれ…?…久しぶりだな。元気にしてたか」
沙希の声が聞こえたのか、秋葉は少し驚いたような声を上げる。
「秋葉っ!!」
沙希は思わずその場で飛び跳ねてしまう。
それ程、彼に会うのは久しぶりなのだ。
「1学期は無事に終わったのか?」
「うんっ!!見てよ通知表!!」
タオルで汗を拭いながら駐車場から出てきた秋葉に、沙希は鞄の中から通知表を取り出した。
「親より先に、見せてあげる!!」
「…それは…喜ぶべきなのか?」
恐々、といった様子で、秋葉はその通知表を開いた。
「うっわ、赤がある……」
まず赤いペンで書き込まれたその数字を見て、秋葉は顔をしかめる。
「いっこだけ!!いっこだけじゃん!!去年なんか黒字がいっこしかなかったじゃん!!」
「ああ……そうだったなあ……」
どうだ頑張っただろうと言いたげな沙希の頭をぐりぐりと撫でてやり、秋葉は笑む。
以前は伸ばしたその髪は脱色で痛んで金髪に近かったのだが、今は短い黒髪だ。
去年、黒に染め直した髪は、今はもう本来の彼女の髪の色に戻ったのだろう。
「夏休みは補習か」
「うん。でも学校好きだし、いいや。頑張る」
半袖のシャツから見える腕には、新しい傷もない。
それを認め、秋葉は安堵する。
「秋葉は夏休み、あるの?」
「さあ……夏休みって名目で取れる休みはあるのかな、今年は」
妻帯者や幼い子供がいる刑事たちを優先して休ませるために、どうしてもこの時期、独身者にはしわ寄せがくる。
「大人って大変だね」
小首を傾げる沙希は、去年よりも少し大人びた。
「子供の方が大変だ」
沙希に通知表を返し、秋葉は肩をすくめる。
「来週の夏祭り、補導に出る?」
「まだ分からない」
「仕事ないなら、デートしようよ!!」
「ヤダ」
ぷう、と頬を膨らませる仕草は、まだ子供で。
大人と子供の曖昧な境目を、沙希は生きているのだ。
「こんなオッサンにくっついてないで。彼氏と行け、彼氏と」
「………いないもん。秋葉だって彼女いないクセに」
「………うるさいなあ……」
不毛な突き合いに、2人はしばらくの沈黙の後で笑う。
「高2の夏って一番自由だった気がするけど?来年は忙しいんじゃないのか」
「ヤな事言う!!」
顔をしかめた沙希の頭をもう一度、軽く撫で。
秋葉は駐車場を確認するように振り返った。
「じゃあ、俺は仕事に戻るから。お前も気をつけて帰れよ。夜遊びして変なのにひっかかるなよ」
「うん」
沙希が差し出した右手を、秋葉が握手の要領で自然に握る。
それは2人だけに通じる励ましであり、心を許している証。
「あ。少年課の宮本の眼鏡とったの、お前だろ」
「うん」
「返してやれよ、あれがないと弱気になるんだ、あいつ」
2階へ続く階段に足をかけたところで、秋葉は沙希にそう言った。
「秋葉が返しといてくれる?」
「駄目。自分で返しなさい」
秋葉は苦笑して上階を指差す。
「多分、今いるよ?宮本」
「…………じゃあ、いこっかな」
もうひとり、佐藤にも通知表を見せてやりたい。
それを口実に少年課に遊びに行くのもいいかもしれない。
そしてその後、更に上階にある刑事課に遊びに行ったら……それは無理か。
そんな事を思いながら、沙希は秋葉の後ろから階段を上がる。
長いようで短い夏休み。
今年は何をして遊ぼうか。

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