公安第一課3(裏小説)

□Walk into the Memory
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ずっと一緒にいられるようにと
祈りながら

いつも
あなたと生きているよ



「ちょっと、外の空気吸いに行きませんか?」
梶原が秋葉を誘ったのは、よく晴れた休日の午後だった。
もうすぐ世の中はGWだ。
今年はうまく休みを取れば16連休という人もいるらしい。
素直にうらやましいと思うが、そこまで休んでしまっては後が恐い気もする。
どちらにしろ、そんな長い休みなど取れる訳がないのだから、想像するだけだが。
「………何処行くの?」
床に座っていた秋葉は、読んでいたバイク雑誌から目を上げる。
「えーと、ちょっと離れた大きな公園、とか。ほら、秋葉さんもたまには日光に当らないと!!光合成できないし!!」
この季節は特に、秋葉は外に出たがらない。
ようやく新緑の季節に入り、梶原はその生命力に満ちた空気を秋葉に感じて欲しかったのだ。
それでついついおかしな言い訳をしてしまった。
「俺、日光に当っても光合成しないけど……植物じゃないし」
秋葉は、くすりと笑った。
「何か今、お前に心配かけてる……?俺」
「ううん、そういう訳じゃないです」
心配なら、いつもしているけれど。
梶原はそう言って首を振る。
あまり無理強いするのも良くないだろうか、と諦めかけた時。
秋葉は雑誌をぱたりと閉じて、立ち上がった。
「行く……」
今日は非番ではなく、純粋に休みなのだが。
秋葉はジーンズのポケットに仕事用の携帯を押し込んだ。
「まだ、あっちの携帯は切ったまま?」
「………うん」
秋葉が、私用の携帯の電源を落としてから数週間。
きっかけは、秋葉の伯父だ。
貴美の命日に、彼が秋葉に向かって言った、一言だった。
たった一言で、心は殺せる。
梶原は最近の秋葉を見ていてそう思う。
「いいよ、お前が気にしなくても。もう大丈夫」
秋葉は靴を履きながら、穏やかにそう言った。
言葉の刃で傷つけられる度に、秋葉は独りになっていく。
それを側で見ている事は、梶原にとっては辛い事だった。
季節は鮮やかに動いていくのに。
秋葉だけが取り残されているようで。
「心配かけて……ごめん」
エレベーターで一階に降り、扉が開く寸前。
秋葉が呟いた。
「ううん……」
梶原は笑み、エレベーターから足を踏み出すまでの、ほんの少しの間だけ秋葉の左手を握った。



去年は。
藤の花が咲いたのは5月に入ってからだった気がする。
マンションの側にある小さな公園ではなく。
川沿いにある広い公園へ、ほんの少しの遠出をする。
大きな藤棚に咲く藤は、既に満開の時期を過ぎ。
それでも紫と白の花は、淡い芳香を放つ。
「すごい……」
秋葉が小さく呟いた。
暑さを覚える程の眩しい日差しに、眩しげに目を細める。
ざあ、と強い風が吹き。
八重桜の花びらが大量に散っていく。
秋葉の横顔が、少し強張る。
ゆっくりと、その風景から目を逸らして行く。
今までしっかりと像を結んでいた瞳が、何も捉えない様に焦点を失う。
「恐い?」
「…………少しだけ」
梶原の問いかけに、秋葉は素直にそう言った。
平日の午後ではあったが、芝生の上で遊ぶ親子連れの姿が見える。
幼い子供がはしゃぐ、高い声。
「そこ、座る?」
梶原がそっと秋葉の腕を取る。
藤棚の下にあるベンチに秋葉を座らせた。
俯いて目を閉じる秋葉の隣に、寄り添う。
時折子供の声が聞こえる他は、藤の蜜を吸いに来る蜂の羽音しか聞こえない。
さわさわと風が木の枝を揺らして行く。
「また……一年、経ったんだ……」
秋葉は目を開け、自分の足元を見つめる。
いつまでも呪縛から逃れられない自分を笑うように、少し唇に笑みを浮かべた。
「あっという間だった気もしますけど……」
仕事だけでなく、プライベートも秋葉と過ごすようになってから、1年。
「いろんな事がありすぎて」
「そうですね」
苦笑する2人の間に、藤の花びらが落ちてくる。
それを秋葉の細い指先が拾い上げた。
「去年も一緒に見たね。藤の花」
記憶を探るように。
そのきっかけを手繰るように、秋葉はその花びらをくるりと指先で回した。
そしてそれを梶原の鼻先に差し出す。
「甘いにおいですね」
梶原は、その甘い芳香を肺に吸い込んだ。
「ごめん、いつまでも……同じ事繰り返して」
梶原の手の中に花びらを落とし。
秋葉は呟いた。
「そんな事…」
気にする必要はない、と。
言いかけて梶原は言葉を飲み込む。
「………あれが出来なかった、これも出来なかったって思ったら、きっと心が疲れちゃうから……」
しばらく思案した後、梶原は口を開く。
また少し強い風が吹き抜け、藤棚の側にある八重桜の花びらが舞い落ちる。
梶原の膝に乗ったそのひとひら。
それを、梶原は秋葉の左の手のひらに乗せた。
「去年出来なかった事、ひとつでも出来たら良かったって…思って?」
梶原の言葉に、秋葉はふと思う。
過去に捕らわれ、現実を忘れ。
記憶を制御できずに、呼吸もままならない程の発作を繰り返す、その度に。
どうしてそうなのか、と責めたい時もあるだろうに。
梶原は決して秋葉を責めない。
その柔軟な心は、何よりも強い。
そして秋葉の閉ざした心を、少しずつ開いていく。
「今年も……一緒に見る事ができて、良かった……」
秋葉は小さく呟き、手のひらの花びらに息を吹きかける。
再び宙に舞った、淡い花びらが落ちていくのを目で追った後。
静かに梶原を見る。
「ありがとう……」
秋葉の囁くような声に。
「………秋葉さんが生きてくれて、良かった」
梶原は笑顔と共に、その言葉を返した。




失くした記憶に

新しい記憶を少しずつ

重ねていこう

明日も

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