公安第一課3(裏小説)

□愛情過多症候群
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「ただいま…」
過密状態だった勤務が終わり、秋葉が帰宅する。
梶原は休みだったため、秋葉の部屋で帰りを待っていたのだが。
「おかえりなさい」
玄関に行くと、秋葉はひどく疲れた表情で靴を脱いでいた。
「何か…寒かった…今日」
「現場は?」
「…窃盗と…変死と……何だっけ…忘れた……」
言葉を交わしながら、秋葉は洗面所に向かい、うがいをして手を洗う。
「も、疲れた…」
とりあえず何とか着替えを済ませ、呟く秋葉を梶原は抱き締めた。
「お疲れ様」
冷え切った背中をそっと撫でると、秋葉は目を閉じる。
「…眠い。限界、かも…」
額を梶原の肩に軽く預け、秋葉が力無く呟く。
スイッチが切れかけている。
体内バッテリーの残量が空っぽになる寸前だ。
「もうちょっとだから、もう少し起きてましょう、ね?」
自分より幾分低く、細い肩を叩き梶原はテーブルにつく様促した。
「少しだけでもご飯、食べないと。体調悪くなるから」
皿を並べながら梶原が言うと、秋葉は目をこする。
「……寝てからじゃ、駄目?」
秋葉は本当に眠いのだ。
そう思い、梶原は苦笑した。
「秋葉さん、寝て一回起きたら、今度はもう眠れなくなるでしょう」
「ん〜……そうかも……」
不規則な生活の中でも、なるべく規則的に食べる事。
そして、眠る事。
それが秋葉の心身の状態を正常なライン近づける、地道な繰り返しなのだ。
梶原がいない日も、秋葉はそれをなるべく心がけてはいるようなのだが。
どうも怪しい、と梶原は思っている。
ひとくち、ふたくち。
箸を持って食事をしているかと思えば。
秋葉はそのままうとうとと眠ってしまう。
「あーきばさん!!まだご飯食べ終わってないですよ!!」
「……ん……」
各皿、最初から量は梶原の半分以下にしてある。
それを、時間をかけて何とか完食し、秋葉は両手を合わせた。
「ごちそう、さ、ま、でし、た……」
「…………」
本当に、滅多にない事だが。
秋葉が見せる、子供の様な仕草が愛おしい。
後片付けが済むまで、このままにしておこう。
目を閉じている秋葉を起こさないように、そっと梶原はテーブルの上を片付ける。
「…あ…ごめん……手伝う……」
皿を洗う水の音で、秋葉は目を覚まして立ち上がる。
「じゃあ……洗ったお皿。拭いて、しまって下さい」
「うん……」
秋葉は布巾を取り、水切り籠の中に入れていた皿を拭く。
2人分なのだし、梶原1人でも数分もあれば片付くのだが。
いつも分担してやっている事だし、梶原は秋葉が自分から起こす行動をなるべく妨げないようにしている。
拭き上げた皿を一度テーブルの上に置き、秋葉はふらふらとそれを棚に戻していく。
「ありがとうございました」
使った布巾を洗剤で軽く洗い、梶原は秋葉にそう声をかけた。
「ん〜……」
秋葉は深く息を吐き出した。
もう、半分意識は何処かへ行っているのかも知れない。
「あと、歯磨きとお風呂!!頑張って秋葉さん!!」
「ん〜……」
こんな姿を、例えば影平が見たら。
恐らく末代までしつこくからかわれるに違いない。
秋葉が気を許してくれて、誰にも見せない姿を見せてくれている。
その事が梶原には嬉しい。



風呂に入る、もしくはシャワーを浴びる。
それは当たり前の行動なのだが。
例えば一日現場を走り回った後、身体に染み付いた犯罪の残留思念を洗い流す、という意味合いも持っていると梶原は思う。
「秋葉さ〜ん……しっかり〜……」
結局。
歯を磨いた時点で秋葉の体力精神力は限界だった。
このまま1人で風呂に送り込むと、溺れてしまうかも知れない。
(まあ、たまにはいいんだけど……一緒にお風呂入れるし……?)
多少不純な感情はこの際勘弁してもらう事にして。
梶原は半分眠りかけている秋葉の髪を洗う。
「お客さま〜、何処かかゆい所はありませんか〜?」
「無い、です……」
梶原の胸にもたれ、秋葉は目を閉じたまま呟く。
シャワーの熱で程よく温まった室内。
秋葉の髪を洗い、身体を洗う。
おとなしくされるがままになっている秋葉は、本当に子供みたいで。
梶原は最後にシャワーで丁寧に泡を落としながら笑った。
一度しっかりと目を覚まさせて、秋葉をバスタブに入れる。
「おーきーてっ!!秋葉さん!!溺れちゃうよ!!」
自分の髪と身体を洗いながら、梶原はくたりと頭をバスタブの淵に預けている秋葉にそう言った。
「ん………起きてるよ……」
「嘘ばっかり」
梶原は、わしゃわしゃと髪を洗って、急いで洗い流す。
「ねえ。お湯に入らないと……風邪ひくよ?梶原……」
秋葉はそう呟く。
いくら秋葉が痩身とは言え。
2人でゆったりと入れるほどバスタブは広くない。
「無理じゃないですか?こういうお風呂だと……」
梶原の言葉に、秋葉は薄く目を開けた。
「ふうん……2人で入れる場所とか……行った事あるんだ……」
「……秋葉さん」
何を言っているのか、意識はあるのだろうか。
白い肌が僅かに赤く染まり、それが普段の秋葉にはない色気のようなものを醸し出す。
「………入れるんじゃない?向かい合わせになれば。こう……」
答えに窮している梶原を知ってか知らずか。
秋葉は何のこだわりもなくそう言って、斜めに身体をずらす。
(何でこう……時々凶悪になるのかな、この人は……)
眠すぎるのだろうか。
理性は眠気に勝てないのか。
それとも、自分は秋葉に遊ばれているのだろうか。
「も〜……」
溜息交じりで梶原はがくりと肩を落とす。
泡を洗い流し、そっと秋葉の向かい側に入る事にしたのだが。
「ほら。お湯、流れちゃうし」
ざあ、と音を立てて、バスタブから湯が溢れていく。
置いていた洗面器が浮いて、排水口の方へ移動していった。
それをぼんやりと目で追った後、秋葉は梶原を見る。
そして梶原の腕に手を伸ばした。
指先が触れる瞬間。
ふわり、と秋葉は笑う。
その笑みを見た瞬間。
梶原は秋葉の中にある、どうしようもない寂しさに触れる。
心の内を、素直に言葉に出来ない秋葉は。
ただ、こうして梶原に触れるだけでも安心できるのだ。



幾分眠気が覚めた間に、秋葉はパジャマに着替え、髪を乾かした。
一応、自力で。
ベッドに倒れこむように横になった途端、秋葉の意識は落下していく。
長い一日が終わる。
きっと今夜は悪い夢を見る事も、目を覚ます事も無く眠れるだろう。
こんな日は、無理に薬を服用しなくてもいい。
(いつも眠れるといいのに、ね)
あどけなく、穏やかな秋葉の寝顔を見つめ、梶原はそっとその髪を撫でた。
「おやすみなさい、秋葉さん……」
声もかけずに放っておけば、恐らく明日の午後まで秋葉は眠るだろう。
「ほんと、凶悪……」
どれ程自分が扇情的な事をしていたか。
秋葉はきっと、気付いていない。
無意識というものは恐い。
梶原は苦笑し、灯りを消した。

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