公安第一課3(裏小説)

□業火
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消えることのない業火に灼かれ
生きること能わず
死ぬことすら叶わず


この炎獄にて

何を求め
乞い願う



「地獄を分けてあげようか」
あなたは冷たい唇で薄く笑って。
口移しで俺に地獄を注ぎこむ。

もうとっくに。
この身体はあなたを蝕む地獄に染められているというのに。



「恐い…ですよね」
梶原がふと呟いた。
互いの息がまだ整わないまま、気怠い戯れの時間。
梶原の重みを受け止め、その汗ばんだ背を撫でていた秋葉は、その言葉に暗闇の中で目を開ける。
間近にある梶原の耳に、そっと唇を寄せ。
「何が……?」
まだ余韻に掠れた声で囁いた。
梶原が起き上がり、追うように起き上がろうとする秋葉の手を引く。
「シャワー、浴びますか?」
顔をしかめた秋葉が、微かに笑った。
「身体…ダルい…」
「今日は、秋葉さんが……でしょ?」
密やかに梶原が微笑んだ。
ぬるめのシャワーをふたりで浴び、情事の痕跡を洗い流す。
「秋葉さんは…地獄って信じますか」
梶原は濡れた秋葉の身体をタオルで包み込んで引き寄せ、その左肩にそっと口付けを落とす。
秋葉は一瞬、身体を強ばらせた。
梶原の腕の中から逃れようとするように、もがく。
「大丈夫?」
腕の力を少し緩め、梶原は秋葉と視線を合わせた。
秋葉は、ふ、と深い吐息を零し。
ゆらりと梶原を見る。
「…触らないで……また…」
細い腕を梶原の首筋に絡め、秋葉は目を伏せた。
また、毒がまわり始める。
何度梶原に抱かれ、我を忘れる程に嬌声をあげても。
梶原の全てで身体の奥底を暴かれ、細胞ごと作り替えられるような高みへ引きずられても。
すぐにこの刻印から心は浸蝕されていく。
「地獄…なんて、どうしたんだ急に」
啄むような口付けを交わしながら、梶原にされるがまま身体を拭かれていた秋葉が呟くように問う。
「いいえ…なんとなく…」
「………」
秋葉は僅かに首を傾げ、着替えを済ませるとキッチンへ向かう。
冷蔵庫を開け、冷たいミネラルウォーターをグラスに注いで梶原に手渡した。
「もし、片方の手があなたをつまずかせるなら」
梶原が飲み終えるのを待って、秋葉は口を開いた。
無言で梶原から戻されるグラスに、ほんの少しの水を注いで飲み干す。
シンクで軽くそれを流し、秋葉は寝室に戻ると何かを思い出す様にしばらくの間沈黙した。
「片方の手があなたをつまずかせるなら、切り捨ててしまえ。両手がそろったまま地獄の消えない火の中に落ちるよりは……」
そして秋葉は傍らにいる梶原を見つめる。
「片手になっても命にあずかる方がいい」
言葉を受け取って答えた梶原に、秋葉は肩をすくめて、くすり、と笑った。
「何が……恐いの」
秋葉は梶原に手を差し伸べ、そっとその身体をベッドへと押し付けるように倒す。
薄暗い部屋の中、秋葉の顔色は白く。
その表情は何かに怯える様に強張っている。
冷たい指先で頬に触れられ、梶原は目を閉じた。
「地獄に墜ちる事?それとも……こういう関係を続ける事が苦痛に、なった?」
不安定な笑みを見せる秋葉の肩に、梶原は手を伸ばした。
ゆっくりと自分の身体の上に、彼の身体を引き寄せる。
「俺は…秋葉さんがいるなら地獄でもいい」
「…………」
秋葉は梶原の胸にぴたりとつけた耳から、その鼓動を聴いている。
それに重なる様に、その言葉が聞こえた。
目を伏せた秋葉の唇が、弧を描く。
「もしも……天国と地獄があるなら……」
細い指が、梶原の肩を撫でた。
「俺はお前とは、行く先が違うと思うよ……お前は絶対地獄には墜ちない。俺は…」
もしも現世で行った所業で魂が裁かれるのならば。
間違いなく自分は地獄行きだと秋葉は楽しげに笑う。
「そんなの嫌」
きゅう、と力を込めて、梶原が秋葉の身体を抱く。
「でも自分じゃ決められないですよね……死んだら何処に行くのかなんて…死なないと分からないし」
ふと気付いた様に梶原が呟く。
「死んだら、そこには何も無いよ……」
魂も、何もかも。
跡形もなく消え失せる。
「やっぱり、そういうの、少し恐い」
秋葉の言葉に、梶原が目を薄く開けてそう言った。
「それじゃあ……」
秋葉が身を起こした。
もはや足元に地獄の業火は灯されている。
そして現世は炎獄。
生きながらにして永久に消える事のない蒼い焔に灼かれ続けている。
今、この時も。
やがて息絶える瞬間まで。
「お前に……地獄を分けてあげようか……」
秋葉はしなやかに伸び上がり、僅かに開いた梶原の唇に冷たい唇を重ねた。

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