東京拘置所

□美貌の青空〜酉の市〜
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吸い込む空気が、つんと冷たくなる季節。
鈴の音と、浮き足立った人のざわめき。
それを聞くと、血が騒いでたまらない。
その話をすると、大和はそうだろうねと頷いて笑った。
「お前さんは、何というのだろう……とにかく祭りが好きだからねえ」
「そうさぁ。死んだじい様がいつも言ってた。お前はねじり鉢巻と法被を着て生まれてきたんだって」
そう言うと、大和はたまらず声を上げて笑い始めた。


酉の市に出かけた遼は、人の流れに逆らわずにまず本殿へ参拝する。
途中、鮮やかな縁起物を目に留めつつ、客と店との威勢の良いやり取りを聞く。
「かっこめにするか、破魔矢にするかねえ……」
一の酉には出かけて来れなかったのだが、毎年ここに来なければ一年が終わらないし、何となくすっきりとしない。
大和の家にある神棚を、忙しい彼に代わってきちんと祀らなければ、という義務感もある。
じゃらん、じゃらん、と本殿の鈴が鳴らして賽銭を投げる。
今年は願い事がたくさんあって困るのだが、今日はとりあえず全てまとめて手短に神に感謝をする事にした。
「俺と大和と子猫と犬が、皆元気で暮らせますように!!……あ、みんな元気ですありがとうございました!!今後ともよろしくお願いいたします!!」
どうせ声に出してみたところで、誰にも聞こえやしない。
遼はくるりと踵を返した。
見える範囲は全て、人で埋め尽くされている。
この空気が好きなのだ。
本当は大和と一緒に来たかったのだが、最近彼は忙しい。
柊が関わった一件を追っているのだ。
遼も使えるだけの伝手を使って協力はしているのだが。
なかなか相手の尻尾を掴むことが出来ない。
「両方かねえ。やっぱり……」
呼び込みの声に釣られ、店を覗く。
「お兄さん、どれにするんだい」
あれにしようかこれにしようかと悩んでいると、後ろから声をかけられた。
「あぁ?うん……神棚の大きさを考えるとあれなんだけれど……あっちのかっこめもいいし……破魔矢も捨て難いし……」
「そうかい。じゃあ両方買って、そこの出店で軽く何か食べて行くかい」
「………何だい、今日は遅くなるんじゃなかったのかよう」
自分に声をかけているのが誰なのかが分かり、遼は口を尖らせて振り返る。
そこには大和が立っていた。
「こんな人ごみの中で、よく見つけてくれたもんだ」
「何となく。お前さんがここにいるような気がしてね。どれにするんだい?」
財布を出そうとする大和を押し止め、遼は眉間に皺を寄せた。
「駄目だよ、俺が買うんだから」
大和が言葉を発する前に、遼は熊手と破魔矢を買う算段をつける。
店の者との値切り交渉をする、ここからが楽しいのだ。
まけろ、いや、まけられぬ。
戯れのようなやりとりを繰り返し、ようやく折り合いをつける遼を、大和は不思議そうに見ていた。
「お前さんの事だ、こんな事した事もないんだろう?」
楽しげに言う遼に、大和は困ったように首を傾げた。
「ないねえ…見た事はあるけれど」
勝ち誇ったように笑う遼を見るのが、大和は好きだ。
やはり今日も、ふふん、と得意気に遼が笑う。
値切るだけ値切っておいて、支払う段にはその差し引いた分を祝儀として払う。
それが粋なのだと、遼は祖父から教わっていた。
「そら、手締めだよ。お前さんも手を出しな」
賑やかな店先が、一層賑やかになる。
「これで来年もいい事があるよぅ、きっと」
「そうだね」
満足気な遼を連れて、大和は店を離れた。
「縁起物を食べて、柊と梶原にも買って帰ろうか」
「そうだなぁ、子猫に風邪を引かれると困るから」
今日は梶原に柊を任せて出てきたのだ。
家に篭りっきりの柊と、その世話を焼く梶原にも土産がいる。
「来年は、子猫も来れるといいんだがなあ……」
「大丈夫だろうよ、お前さんも梶原も私も、あの子が治る事を信じているんだからね」
遼が少し照れたように鼻の頭を掻いた。
その表情も、大和の好きなもののひとつなのである。

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