東京拘置所

□美貌の青空〜年の瀬〜
1ページ/1ページ

じゃらじゃらと、遼が笊の中で黒豆を転がしている。
あと数日で年が終わる、底冷えのする午後。
大和は火鉢の炭をつつきながら、遼が選り分けている黒豆を指先で摘んだ。
「お前さんも、見た目によらずに細かいんだねえ」
「見た目によらず、というのは何だい。どういう言い草だい」
口を尖らせながらも、遼の口調は楽しげだ。
この男は昔から、こういう浮き立つような空気が好きなのだ。
祭りも然り、年の瀬も然り。
年始に至っては、更に初詣という行事がある。
何かと気ぜわしいばかりの年の瀬だが、遼にとってはそうでもないのかも知れない。
「しかし…お前さん、昨日は小豆を選り分けていなかったかい?」
「あれはあれ、これはこれだ」
大和にしてみれば、豆についた多少の傷などどうという事はないのだが。
普段大雑把に見える遼は、時折こんな細かい事を気にしては大和を驚かせる。
「全く……何を好き好んでこんな年の瀬に生まれてきたんだい」
「それは私に言われても困るねえ……」
今日は大和がこの世に生を受けた日だ。
「ああ、気忙しい気忙しい」
遼は故意に意地の悪い事を言う。
しかし、大和もそれには慣れているので穏やかに笑みを浮かべているだけだ。
「気忙しいと言いながら、きちんと夕餉の仕度も整えてくれているし。余程お前さんは酔狂な男だね」
「それは……っ」
言い返す事が出来なくなって、苦虫を噛み潰したような表情で俯く遼を見て、大和は一層笑みを深くする。
「きっと、お前さんに早く会いたくてこんな日に生まれてきたんだろうねえ」
春生まれの遼と、冬生まれの大和。
しかし年が明ければ同じように年齢を重ねる。
「………そういうのは、別にいいんだよ」
臆面もなくそんな事を言ってのける大和に、遼は黒豆をひとつ投げつけた。
「そろそろ柊が帰ってくるかねえ……」
火鉢の灰の中に落ちたそれをみやり、大和は笑みをしまう。
この家に来て初めて、柊は外へ出た。
まだ満足に目が見えないので、梶原に付き添われての外出だ。
もちろん遠くには行けない。
大和のお使い、という名目で、すぐ近くの長屋へ行ったのだ。
「意外と酷な事をするもんだ」
「酷なこと?」
遼の言葉に、大和は僅かに目を細める。
「用事があるなら俺が行ったんだ。そりゃあ、お前さんの部下もそれとなく子猫を見張っているんだろうが…まだ外は恐いだろうに…」
「ああ……」
そう言う事か、と大和は笑う。
すっかり柊に情が移ってしまったらしいこの友人は、本来は優しい男なのだ。
「お前さんの知り合いが柊についていったのも、私は知っているよ」
ち、と遼が舌打ちをする。
「しばらく、あの子を外へ出してあげられなくなるかも知れないからね」
「どういう事だい」
遼は胡乱な視線を上げる。
「お前さんにも話せない事はあるんだよ……」
視線を受け流すように、大和はにこりと笑った。
再びの舌打ち。
あまり機嫌を損ねてもつまらない。
大和は手を伸ばして遼の固い髪を撫でた。
その手触りが大和は好きなのだ。
僅かに照れたように、遼は黒豆を両手でかき回す。
じゃらじゃら、と軽い音が響いた。

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ