捜査共助課4(短編小説)

□無題
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梶原は、出勤している同僚が使い終えたマグカップや湯のみを回収し、給湯室にいた。
慣れた、と言うには少々語弊があるのかも知れないが、時折強い余震に襲われても、さほど驚かなくなっている。
節電が徹底され、署内の灯りも昼間はほとんど消されていた。
給湯室には窓が無く、扉を閉じてしまえば真っ暗に近くなってしまう。
3月11日の本震では、棚は固定していたものの、中に並べてあったカップ類がいくつか床に落ちて割れた。
そんな事を思い出しながら、梶原は洗い物を済ませていく。
あの日の夜は、ほぼ全署員が出勤して交通誘導等の対応に当たった。
あれから数日、非番の者は待機を命じられている。
現地へ派遣される警察官も多い中、手薄になりがちな部署をカバーする為だ。
テレビから流れてくるのは惨状ばかり。
影平までが無口になってしまった。
まだ幼い娘も居る彼の事だ、家族が気がかりなのだろうと梶原は思う。
せめて夜間だけでも側についていてやれたら。
だが緊急時にはそれが思うようにならない職業だ。
せめてほっとする時間が数分でもあれば、と、梶原はいつも以上に同僚のコンディションに気を配りながら茶を淹れている。
だが。
知らず知らずのうちに溜息が零れてしまう。
被災地では殉職した警察官も、未だ行方不明の警察官も多数いる。
もちろんそれだけではない。
日本を襲った未曾有の大災害だ。
今もまだ、それは現在進行形で続いている。
「お疲れ」
ふと背後から声がした。
秋葉だ。
「お疲れさまです」
梶原はしっかりと笑顔を作ってから振り向いた。
「手伝う」
言葉少なに秋葉は言うと、給湯室に入ってくる。
「いやいや、いいですよ。手が空いてるなら休んでてください」
茶坊主は梶原の仕事だ。
泡だらけの手を振ると、秋葉は笑った。
「普段より人多いし。俺、茶坊主2号だから。お前より上手く茶坊主こなす奴いないから、俺は洗い物担当で…とりあえず」
シャツの袖を捲り、秋葉は梶原の隣に並ぶ。
しばらくはお互い無言のまま。
「………揺れる」
秋葉の言葉とほぼ同時に、どん、と突き上げるような揺れが来る。
梶原はとっさに背後の棚に手を伸ばした。
「大丈夫か」
次第に揺れが収まり、強張ったままの手のひらを棚から外した梶原に秋葉が問う。
「は、い」
上手く笑えない。
上手く言葉が出ない。
「泣けるなら泣いた方がいい。泣きたいなら、だけど」
完全に手を止めてしまった梶原に対し、秋葉は淡々としている。
全てを洗い終えて丁寧に水滴を拭き取っていく、その手を梶原はぼんやりと見ていた。
「……お前が元気でいてくれないと、困る。茶坊主2号と3号じゃあ、皆がパンクする」
ちなみに茶坊主3号とは立花優の事だ。
「うまく言えないけど。いいんじゃないか、我慢しなくても」
マグカップと湯のみを乗せた盆を持つ前に。
秋葉は梶原の背中を柔らかく叩いた。
「先行くから。ガスの元栓気をつけて」
そう言い残し、秋葉は給湯室を出て行った。
泣いている場合ではないのだ、本当は。
自分が泣いても何にもならない事も理解していた。
頭の中で繰り返される映像。
壊滅、という言葉。
だが。
梶原は瞬きをする。
無事に生き延びた子供達の笑顔。
再会を果たした人々の涙。
生きようとする、力。
「………」
ごしごしと右腕で両目を拭い、梶原は顔を上げた。

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