第4取調室

□黒ちゃんとの日々
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『お値段以上』


俺に名前をつけてくれた

あの柴犬みたいな男は

うるさくてかなわない



どうして、梶原とひとつの布団で眠っているのか。
ちょっと謎に思った事もあった。
梶原と風呂に入るのは嫌だ。
それだけは、嫌だ。
奴はヘンタイだ。
なのに、どうして布団は一緒なんだろう。
梶原より先に起きた俺は、キッチンで考えていた。
昨夜梶原に内緒で買ってきたお菓子をテーブルの上に広げてみる。
「………あ。そうか」
割と早く、その理由を思いつく。
「布団がひとつしかない、から……だ」
鬱陶しい、鬱陶しくてたまらない。
この部屋は俺の部屋なのに。
何で梶原と一緒に寝なきゃならないんだ。
あんなヘンタイと。





しばらくして目を覚ました梶原がこちらに来る気配がした。
俺は立ち上がると、廊下の方へ出る。
そこから再び寝室へ入った。
「黒ちゃん……」
キッチンへ行った梶原が、がっくりと肩を落として俺の名を呟く。
いや、がっくりと肩を落としたのが見えた訳ではないが。
多分、そうだと思う。
子供返りも甚だしい、とでも思っているのだろう。
俺は、ふん、と鼻を鳴らしてみる。
俺が散らかしたお菓子の包みをひとつ手に取り、梶原は溜息をついているに違いない。
「ポッキー…イチゴ味。コアラのマーチ……たけのこの里。チョコが好きなのか……?」
がさごそと梶原にそれを漁られている。
物音を聞きつけ、俺は部屋からキッチンへと急いだ。
急ぐといっても、そんなに広い部屋ではないけれど。
俺が棲んでいたあの檻の中よりは随分広いし、明るい。
何より、独りきりでいなくて済む事が……独りではない事、が。
「駄目―っ!!」
梶原の手から引っ手繰るように、俺はお菓子を奪い返し。
でかい柴犬を睨みつける。
「黒ちゃん!!こんなものばっかり食べないで!!」
「うるさい、うるさい、うぅ、るぅ、さぁぁぁぁぁ、いぃぃぃぃぃっ!!」
コンビニの袋にお菓子を突っ込み、ふいっと俺は顔を背ける。
少し困った顔をする、梶原の情けない顔を見るのは楽しい。
「あのねえ、黒ちゃん。お菓子好きなのは分かったけども。カロリー高いばっかりで、身体に良くないんだよ?」
もっともな正論を俺に説いたところで、梶原にどれだけの手ごたえがあるだろう。
そんなものは無いだろう。
俺は自分のしたいように、生きているだけなのだ。
「それに!」
梶原はテーブルの上に放り投げておいた、あいつの財布を指差す。
あいつというのはもう1人の俺。
今頃はきっと、深い闇の底で眠っている。
「それはね!秋葉さんの財布です!お仕事用の!!」
「ってことは……俺の財布、でしょ?」
「違う!!少なくともこんなにお菓子を買うために、秋葉さんは仕事をしてるんじゃないの!」
この身体はただの抜け殻で。
俺とあいつは、きっと同じモノなのだけれど。
梶原はしっかりと区別をつけようとする。
それが嬉しいのか、鬱陶しいのか、俺にはまだ分からない。
梶原が俺を見るその目は、優しい。
同じ目で、あいつの事も見てるんだろ?
そう思うと、訳の分からない感覚に捕らわれる。
心、なんて何処にあるのか分からないし。
痛くもかゆくもないけど。
「俺だって仕事行ってるじゃないかっ!!」
ああ、イライラする。
俺は、何?
俺は、誰?
名前をつけてもらっても、ちっとも分からない。
「黒ちゃん!」
不意に梶原が厳しい声で俺を呼んだ。
「………ハイ」
こういうタイプは本気で怒らせるとヤバイ。
それだけは存分に学習した気がする。
「だからね。黒ちゃんにお財布をあげる」
梶原が、ポケットから小さながま口の財布を取り出した。
「これ、黒ちゃん用」
有無を言わせず梶原がその財布…しかも、がま口だ…を俺に渡す。
そしてテーブルの上に置いたままだったあいつの財布を何処かへしまった。
「それ、おこづかい」
「…………」
ぱくり、と財布を開けてみると。
野口英世が数枚。
小銭が少し。
「えええええええええええええ!?」
「文句があるなら、お菓子禁止にするけど?」
「…………」
「仕事の時は、あのお財布から。黒ちゃんが自分の好きなもの買う時は、自分のお財布から出すんだよ?」
ああ、イライラする。
何で主導権握られてるんだ、俺は。
お菓子の入った袋をぶらぶらさせて、俺はテレビの前に座った。
リモコンで電源を入れるのだが、土曜日の朝はどのチャンネルもあまり面白くない。
結局は無難にニュース番組を流しておく事にした。
俺はコアラのマーチを開けて、それをひとつ口に入れる。
もう1人の俺は、絶対にこんなものは食べないだろうな。
何で、俺は。
こんなものが好きなのかな。
そう思いながら、もうひとつ。
口の中にチョコの味が広がると、少し落ち着いてくる。
やがて、画面はCMになった。
そういえば、そんな季節なのか、引越しセンターや学習机CMが多い。
梶原も、小学生の時はランドセル背負って学校行ってたりしたのかな。
俺は自分に関してはそんな記憶は持ち合わせていないから、分からない。
もうひとりの俺も、きっとそうだ。
何も覚えてない。
「…………」
コアラのマーチにも飽きてきた頃。
俺の目にひとつのCMが飛び込んできた。
『春用布団セットで6,900円』
ニトリ、とか言う店のCMだ。
4月から1人暮らしをはじめる人用の、かな。
(もう一組布団があれば、あのヘンタイと一緒に寝なくてもいいんだよな……)
俺は、さっき梶原からもらった財布をそっと開ける。
さすがにそこまでの金額は入れられていない。
(でもでも、ちょっとお菓子我慢してお金貯めたら……買える……かな…)
そっと振り向くと、梶原はキッチンでお茶を飲んでいた。
ジジクサイ。
ヘンタイの上に、若年寄りだ。
救いようがない。
「何?どうしたの?」
目が合ってしまい、梶原が笑いながら俺に声をかけてきた。
「別に……何でもない」
CMはもう終わってしまっていたけれど、俺はもう一度よくよく考える。
布団と大好きなお菓子を天秤にかけた。
「やっぱりやめた!!」
大きな声で叫んだ俺に、梶原が背後で少し驚いたようだった。
大好きなお菓子を我慢してまで、梶原用の布団なんて用意してやる必要ないし。
俺はそう思った。
自分が本気でそう思っていると、思っていた。



本当は、寂しいんだ。
梶原の腕から離れるのが。
ふとそんな声が何処かで聞こえた気がしたけれど。
俺は聞こえない振りをした


cage
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