捜査共助課3(短編小説)

□無題
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いつこの部屋に来ても。
とはいえ、片手の指で足りる程度しか訪れた事はないのだが。
秋葉の部屋はいつも片付いている。
不規則な生活をしているので、散らかす暇もないのかも知れないが。
人が住んでいる気配がしない。
随分前に、その理由を聞いた時。
『いつ死んでもいいようにしてるんだ』
と、本気なのか冗談なのか分からない事を彼は言った。
それを思い出しながら、改めて部屋の中を見回す。
テーブルの上に置かれたバイクの雑誌が、唯一秋葉が仕事以外に興味を持っている物、だろうか。
部屋に帰り着くと、秋葉は比呂に断りシャワーを浴びに行った。
夜勤明けの頭をはっきりさせるためと、昨夜何か嫌な現場があったのかも知れない。
比呂は、微かな物音を聞きながら、その雑誌に手を伸ばした。
比呂はバイクよりも車に興味がある方なので、あまりバイクの雑誌を目にする事はない。
結婚して家庭を持った今、そんな趣味につぎ込める程の時間も金もないのだが。
ぱらり、とページを捲っていると、風呂場のドアが開く音がした。
そのまま足音はキッチンの方へと移動する。
「何か、飲む?……選択肢はあまりないけど」
「お前と同じもの」
「………ふうん……そう…。あったかいものでいいの?」
「いいよ」
秋葉は滅多に冷たいものを飲まない。
ポットからではなく、水から湯を沸かしている気配がする。
強制的に引きずり出された話し合いの場に座るのが、嫌なのだろう。
比呂は少し苦笑する。
5分以上経ち、ようやく秋葉がマグカップをひとつだけ持って比呂のいる部屋に来た。
「コーヒーだけど」
そう呟いて、比呂の前にそれを置く。
「お前は?」
「気が変わった。いらない」
比呂が開いたままだった雑誌を一瞥し、秋葉は諦めたようにその場に座った。
タオルを肩にかけたまま、まだ髪は濡れている。
頬は何処か青白かったが、仕事を終えた時よりも幾分表情は柔らかい。
「ああ。さっき疑ってたよね。これ、証拠」
ふと思い出したように、秋葉は左腕の袖を捲る。
そこには青紫色になった痣があった。
「どうしたんだ、それ」
「…仕事の事だから…言いたくない、というか。言えない」
とりあえず、手が痛かったという事は嘘ではない、という事を比呂に言いたかっただけなのだろう。
秋葉は無表情に袖を下ろそうとした。
比呂は不意にその手を掴む。
「何……」
「その爪の跡は!?それも仕事でついた傷か!?」
問い詰める口調に、秋葉が不愉快そうに目を眇めた。
「柊!」
「うるさい……!」
比呂の手を振り解き、秋葉は袖を手首まで下ろした。
不愉快そうだった表情に、僅かに苦痛が混ざる。
「………柊……」
顔を背けてしまう秋葉を、比呂は穏やかに呼んだ。
「俺は、お前を傷つけに来たわけじゃないんだ」
テーブルの上で握り締めた秋葉の右手が、微かに震えている。
それを見つめ、比呂は眉をひそめた。
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