【4】

「――え?」

スザクは、耳を疑った。
聞き返すように声をあげれば、目の前の彼はもう一度同じ言葉を紡いだ。

「触ってもいいって言ったんです。何度も言わせないでください」
「って、だってそんな簡単に!」
「女性ではないんですから、触られるくらい気にしません」
「で、でも…」
「俺が聞きたいのは、触るか触らないか。それだけです」
「――どうしてそこまでしてくれるの?」

素直な疑問だった。
スザクは絵を描きたくて、でも描けなくて。描けるようになるためなら、どんな努力も厭わない覚悟があるけれど。
けれど、目の前に居る彼は・・・ルルーシュは違う。
ルルーシュは、スザクに巻き込まれた、いわば被害者と言っても過言ではない相手だ。
モデルを引き受けてくれると言っているだけでも十分過ぎるほどのこの状況で、何故さらに手を貸してくれると言うのか。
その理由がスザクにはわからない。

そうして戸惑うスザクに、ルルーシュは首を傾げた。

「理由が必要ですか?」
「そんなことはない、けど」
「なら、俺が聞いてるのはイエスかノーか、です。こう見えても俺、あんまり暇じゃないんで」

艶然と笑んで言うルルーシュに、こくりと喉が鳴った。
迷う理由なんて、ない。
迷うのは、スザクに少なからずも邪な感情があるからで。
けれど、理由の有無はともかくルルーシュが自分のためにそこまでしてくれるというのだ。
そして自分には、絵を描きたいという望みがある。
絵を描きたいという想い以外の感情に振り回されている場合ではない。
これは最高のチャンスなのだ。

「…いいの?」

覚悟を決め、念のためとばかりに再度意思を確認すれば、ルルーシュはため息をついた。

「何度言わせるつもりですか、俺が聞いてるのは――」
「イエス」

言葉を遮り、答えを返す。
翡翠の瞳には決意の色が宿っていた。
その変化にルルーシュはほんの少し驚いたように瞼を押し上げたが、それはすぐに綺麗な笑みへと変わる。

「では、どうぞお好きに」

ルルーシュの言葉を合図に、スザクはゆっくりとルルーシュの座るベッドへ乗り上げた。
強度の低い仮設ベッドは、男二人分の重みに耐えるようにぎしりと軋む音をたてる。
窓の外で鳥の羽ばたく音がしたが、今のスザクには聞こえない。
白い頬をゆっくりとスザクの手が撫で、黒髪のひとふさを掬い上げる。
癖のない黒髪はさらさらとスザクの手から零れては元の位置へと還っていく。
何度かそれを繰り返した後、再び頬へと手を置いたスザクは、そのまま首筋へと手を這わせていった。
触れる手に、性的なそれは一切感じられない。
ただ目の前にあるものの感覚を肌に移していく行為。
ルルーシュはそんな手の動きに時折くすぐったさを感じながらも、抵抗することなくただひたすらスザクの姿を見つめていた。

首筋から、シャツとブレザーの隙間、それからボタンをはずし、シャツ一枚ごしに胸から腰へ。
絵筆を持つ者独特の手が触れていくたび、ルルーシュはゆるく目を瞑る。

「ルルーシュ…」

優しく名前を呼ばれて、ルルーシュの心音がひとつ高鳴った。
まるで情事のような行為。
けれど全く別物の行為。
小さい子がいたずらをしているような妙な感覚に、ルルーシュは瞼を伏せて小さく笑う。
暗いはずの瞼の裏側には、先ほどからある光景が浮かんでは消えていた。

『――どうしてそこまでしてくれるの?』

光景とともにスザクの言葉を思い出し、閉じていた瞼を開く。
理由なら、あった。
けれど今、伝えるつもりはない。

いや、もしかしたらこれからも…。



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