-短篇

明】消えてしまった君
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夢主ちゃんが姿を消した。
心当たりはある。斎藤さんが京で挑む者達の一味が連れ去ったに違いない。

川路さんは気掛かりの斎藤さんの細君はしっかり守ると言った。
だからから安心して力を貸せと、それなのに起きた事態。

怒り任せに川路を訪ねたが、虚しい対応に心を塞ぎ、警視庁を後にした。
すっかり日が暮れている。
広がる星空を見上げて立ち止まってしまった。

星も月も夢主ちゃんがそばにいなければ、何の色も放たない。時に美しく見える夜空も今はただつまらない景色。
しかし、夜空を見上げて涙を零しそうな自分に気が付いた。胸の奥がとても熱い。

東京に残り守り手となるのを了承したのは、吉原や身投げ寺、なにより夢主ちゃんを守れると思ったからだ。
その夢主ちゃんを敵の手に奪われるなんて。

「僕の判断は間違っていたのか……東京の守りなんて……」

急いで帰っても、もう意味がない。
僕は足を引きずるように夜道を歩いた。

「でも、断れば焼かれていたかもしれない、あの人達は実際に火をつけ戦を起こした人達だ。国の為と言いながら、何をするか分からない」

自分が京へ向かえば、戻った時に吉原は消えているかもしれない。
昔は江戸の外れだったあの土地も今は栄えている。町を広げるには好都合と、広大な土地を有する廓を喜んで焼き払うだろう。
辛い現実と向き合って必死に生きる人達が更に辛い目に合うなどあってはならない。

「僕はどうすれば……」

いっそ川路さんを斬ってしまうか。
いや、それでは大罪人だ。今や自分は一市民、警察の手伝いを引き受けたが、その長たる警視総監を斬れば死罪は免れまい。
そうなれば今後、何も守ることは出来ない。

頼りの斎藤さんは既に京へ行ってしまった。
連絡も取れない。
緋村さんや左之助さん、みんな京へ行ってしまった。

今、動けるのは自分だけ。
なのに動けない悔しさが、自分を追い詰める。
川路さんや警護に付くはずの警官を恨んでも意味はない。
結局、己の間の悪さと力の無さがこの結果を生んだのではないか。

「僕が夢主ちゃんのそばを離れたばかりに……」

解決策は無いか、考えてみても思い浮かぶのは夢主ちゃんの姿ばかり。

戊辰戦争が始まり一緒に京を脱した時は、厳しい道のりにも関わらず、懸命について来てくれた。
文句は一切言わず、むしろ笑顔で僕を励ましてくれた。

京にいた頃は……毎日あの笑顔に救われた。
殺伐とした日々に温かさをくれた夢主ちゃん。
突然現れて、消えてしまいそうだった君はすっかり僕らの屯所に居ついて、僕らを最後まで見守ってくれた。
これからは僕が見守る番、心で決めたのに。

とぼとぼと歩くうちに、賑やかな屋敷の前を通り掛かった。
門前に掲げられた提灯が二つ、夜道にぼうっと浮かび上がっている。

「祝言、か。めでたいな……」

騒がしい程の盛り上がりが外まで聞こえる。
話に花を咲かせ、歌う者もいる。
めでたいめでたいと、酔った男が大声で叫んでいた。

「夢主ちゃんの、花嫁姿……綺麗でした」

まるで本人に語り掛けるように呟いた。

本当は僕の隣で着て欲しかった花嫁衣裳。
でも、相手が斎藤さんなら何の悔いも無かった。
本当は僕の手で紅を塗ってあげたかったけど、僕が贈った紅をつけた夢主ちゃんは、どんな花嫁よりも美しくて、幸せそうだった。

「お願いだ、きっと無事に戻ってください。僕は今、待つしか……出来ないっ……」

屋敷に戻ると、僕は真っ直ぐ道場へ向かった。
心を落ち着ける為、一心不乱に刀を振る。

一太刀ごとに浮かぶ優しい笑顔。
想いにけじめをつけて、大切に見守ってきた。
どれだけここで刀を振るっても、貴女に伸びる魔の手を断ち切ることは出来ない。
けれど、何もせずにはいられない。

「必ず、必ず生きて戻るんだ!」

明かり取の窓から差しこむ光も無い暗闇の中、僕は空を切り続け、夜が明けるまで刀を離さなかった。



 * * *


お題「夢主さんが失踪、沖田さんが一人背負い込んで今までの思い出を振り返る」
68.たずさえる手の沖田さんをイメージ。

リクエストありがとうございました!
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